フード最前線
(熊本日日新聞で連載)
    酸味の違いが生む豊かさ    (2007-08-05)
酢のティスティングをする「味覚レッスン」の参加者たち

  一流シェフや食の専門家が、食材の基本や、その加工法、歴史、背景、味覚などを伝えて、食べる楽しみや、調理の基本を伝え、本物の食べ手になるという「フードマエストロ資格認定講座」が評判になっている。
 カルチャーセンター方式の、味覚を知るというユニークな講座を試みたのは、旬の食材を使ってクッキングスクールなどを開いている東京のシンプルアイという会社だ。この講座は初の試みで十九回のコース。
 この授業の一つ「味覚レッスン 酸味」を受けた。講師は京都の「富士酢」の飯尾醸造の五代目にあたる飯尾彰浩さん。飯尾醸造は明治二十六年創業。棚田で無農薬の米作りから行い、伝統的な醸造法で十八ヶ月かけて酢を作る。米から酒を作り、これを酢酸発酵させて、じっくり寝かせて酢が生まれる。この酢を使ってのマリネやサラダ、肉団子などを作ってみたが、最高の味わいだった。
 飯尾さんの講座は、私たちが舌で感知する味覚には「甘み」「塩み」「酸味」「苦味」それに「うまみ」があり、それらが複雑にからまって食の味わいを生んでいるという話から始まった。そのなかの、酸味のある食品には、二つにわけられるという。レモン、ブドウ、トマトなど、自然にある酸味。そして、ワイン、漬物、チーズ、酢のように、発酵から生まれるものである。
 さらに酸味は、成分によって異なるという。代表的な酸味成分は、ビタミンC(イチゴ、トマト)、クエン酸(レモン、梅)、コハク酸(ワイン、日本酒)、乳酸(チーズ、漬物)、酒石酸(ワイン、ブドウ)、酢酸(酢)などである。酸味といっても、実は多様なのだ。また酸味の違いが、食の豊かさと個性を生み出していることが理解できた。
 さらに酢には、昔ながらに米を発酵させて、それを酢酸発酵で一ヶ月以上かける静置発酵と、醸造アルコールとでんぷんを強制発酵させて一日から三日で作るものがある。後者が大量生産の酢で、原料は、古古米や酒を造るときできる削った米などが使われる。
 そうして講義の後は、実際に伝統的な醸造法で作られた酢と大量生産の酢を、比較ティスティングをするのだ。すると、あきらかに見た目も味も香りも異なることがわかる。大量生産のものは、鼻に香りが突き刺さるようにツンと来る。酸味の酸が強い。一方、昔ながらの醸造の酢は、丸みのある香りがして、甘みが先にきて酸味が後から来る感じだ。
 料理を作るときに大切なのが、塩、酢、みりんなどの基本の調味料。手作りで作られるものと、工業的に大量生産されるものでは、味わいがまったく異なる。調味料ひとつで、料理ががらりと変わるのだ。(平成19年8月5日)