第8回 埼玉の有機農場 日本が抱える問題の処方箋がここに
金子さんの向かって右横にある太陽電池で作った電気が、ハウスと電機柵に使われる
埼玉県比企郡小川町にある循環型農業で知られる金子美登(かねこ・よしのり)さんの「霜里農場」を訪ねた。農場は、東京から北西に約60キロ、池袋駅から東武東上線で約1時間半、小川町駅で下車して徒歩で20分ほどのところにある。周囲は緑の濃淡が豊かな外秩父の山々に囲まれた静かで美しいところだ。近くに奇麗に澄み切った川が流れている。そこには僕らの小さい頃の懐かしい田園風景が残っていた。
霜里農場は、水田150アール、畑150アールがあり、竹林で乳牛3頭、畑のそばで鶏280羽、水田用のアイガモ100羽を飼育している。この農場では、化学肥料や農薬は一切使われていない。農薬を使わず自然の摂理をうまく生かした栽培の工夫がされている。さらに糞や生ゴミからメタンガスを作りコンロのガスに使ったり、太陽電池で畑で使う電機を生み出している。農場全体で、すべてが無駄なく循環する仕組みが作られているのだ。
金子さんの案内で農場を巡りながら解説してもらったのだが、これが実に面白い。土を作る肥料は、すべて周辺の枝葉、落ち葉、田んぼの藁やモミガラ、牛や鶏の糞、雑草などが用いられる。畑のそばには堆肥を作る場所があって、そこには細かく粉砕された枝葉が置いてある。これらを混ぜ合わせ、何度も切り返すことで、微生物発酵がおこり、発酵熱で病原菌や害虫などを殺してしまう。そうして堆肥を畑に入れることで、ふかふかの土になり、おいしく安心で健康な野菜が育つのだ。
農作物はキャベツ、ネギ、インゲン、トマト、キュウリ、タマネギ、トウモロコシ、カボチャ、ニンジン、サトイモ、アスパラガス、ズッキーニ、イチゴなど年間約60種類が栽培されている。しかも有機農業に向く種の選定から考えられていて、自分たちの農産物の種はできるだけ自ら採って使うことも行っている。また、有機農業に向く種を関東の農家の仲間と交換するという種苗交換会(しゅびょうこうかんかい)を26年前から続けているのである。このことで、お互いの優れた技術を交流し、有機農業の仲間の作物を豊かにしている。金子さんは自給をしているので家族が食べることもあって、さまざまな農作物を育てているのだが、同時に40軒の消費者に有機栽培の農作物を直接届けるため、年間を通して豊かな食卓になるようにも考えられているのだ。
また同じものを栽培していると土の養分が偏り、同じ作物に集まる病害虫を増やすということもあって、できるだけいろんなものを、交互に(輪作=りんさく)栽培することで、病気や害虫を防ぐ工夫がされている。さらに虫のつきやすいキャベツはある程度大きくなるまでネットで害虫よけをしたり、作物によってはポットでしばらく大きく育ててから植え替え、雑草に負けないようにしたりするなど、農薬を使わないで害虫や病気から守るあらゆる知恵が、畑には詰まっている。まるで楽しくやさしい科学の実験教室の時間のようである。
すごいなあと思ったのが、自然の昆虫を生かすということだ。イチゴのハウスをのぞくとナナホシテントウムシがいる。
「これは外で採ってきた100匹あまりのテントウムシを放っているんです。アブラムシを食べてくれる。イチゴはアブラムシや病気が出やすいので、いちばん農薬を使う。41種類くらい使うのではないですかね。うちでは、堆肥をしっかり作って病気にならない丈夫な育て方をして、虫たちに害虫を退治してもらうんです」
イチゴハウスの近くの竹林には牛が3頭飼われている。ジャージー種とホルスタインの雑種。それで頭に少し茶色の毛が混じっている。「茶髪だけどまじめでいいやつなんです。竹林開墾隊長なんです」と金子さん。牛がどんどん増える竹をなぎ倒して、竹林が増殖するのを防いでくれるのだという。牛は雑草や、農場で採れる藁などを食べてもらう。牛からは乳を絞る。ミルクは家族で飲みきれないほどだという。家畜の糞は、すべて肥料として還元される。
牧場には鶏もいて、木製の手作りの広々とした小屋で平飼いされている。鶏の餌は、米ぬか、くず米、雑草のほか、牡蠣殻、海藻、魚カスなどを使う。一部購入するものもあるが、農場で採れるものが中心の自家配合飼料。鶏からは卵が採れる。鶏小屋は下に藁やモミガラが30センチほど敷きつめられていて、ここに糞が落ちると、藁に住み着いた自然の微生物で分解される。そうして床の藁は畑の肥料として還元されるのだ。ゆったりとした環境で家畜が育てられているので、家畜のそばにいてもにおうことはほとんどない。
いちばん感心したのが、農場に入ってすぐのところに設置されている生ゴミや糞尿を生かしたバイオガスの小さな設備である。コンクリート槽があり、そこから生ゴミや糞、それに同等の水と尿を投入すると、パイプでつながった地下に埋めたタンクに落ちて微生物発酵し、そこからメタンガスが発生する。そのメタンガスでガスコンロや風呂に使うガスが得られる。またタンクで発酵後の糞尿は液体状になる。タンクは、もう一つのパイプで別のコンクリート槽につながっており、液化した糞や生ゴミは、投入した量とほぼ同じの液肥となって溜まる。これは汲み上げて畑の最上の肥料として用いられる。化学肥料以上の効果があるという。発酵が十分の液状になったものはほとんど匂いもない。「こういったバイオマスは中国には500万基、ネパールには170万基もあるんです」
農場には、自然循環のエネルギーは他もあって、太陽電池を使い、ハウスの夜間照明や水を汲み上げるポンプの電源や、電機柵に流す電流に利用している。電機柵は、野犬やいたちなどから合鴨を守ったり、牛が逃げないように周辺を囲うものだ。またトラクターを動かす燃料は、墨田区の染谷商店が扱っているという調理用のテンプラ廃油が用いられているのだ。金子さんがトラクターに乗ってエンジンをかけると、テンプラの香りが漂ってきた。なにからなにまで、身の回りの自然のものをすべて利用するという工夫に満ちている。
金子さんのところには、有機農業を習いたいと若い人たちが全国からやってくる。だからいつも若い人たちが農場にいて農作業をしていて、まるで大家族である。
「毎年10名くらいを受け入れています。住み込みが3名くらい。あとは近所にアパートを借りて通ってくる人もいます。仕事をしながら学びたいという人のための、毎月2回、土日に学ぶという就農準備校(本部:就農希望者支援センター・社団法人全国農村青少年教育振興会)の生徒たちも前期・後期24名ずつの受け入れも行っているんですよ。ここから育っていった人たちが全国各地で農業に就いています」とにこやかに語ってくれた。
現在、食品の安全性、農業の後継者問題、地域活性化、リサイクル、食料問題、環境問題などなどさまざまなことが取りざたされているが、金子さんの霜里農場に触れると、今顕在しているあらゆる問題の解決策と解答が、この農場にはまるで宝物のようにあふれていると感じるのは、僕だけではないだろう(ライター、金丸弘美)
霜里農場 http://shimosato.com/
2005年6月1日
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