第28回 日本初、カルチャーセンター方式の体験農園 東京・練馬
「東京で身近に農業に触れるところはありますか?」という質問に、よく紹介している1つが、練馬区の加藤義松さんの体験農園だ。池袋から西武池袋線に乗って保谷駅の駅前の通りからわずか10分ほどのところに加藤さんの「農業体験農園」がある。
この「農業体験農園」が生まれたのは平成8年。日本でも初めてという、カルチャーセンター方式の農園なのである。その発案者で、区との連携でこれを実現させたのが、加藤義松さんだ。加藤さんの持っている畑を129画に区切った上で、区の公募で応募してきた人に開放し、体験農園用にみんながそれぞれの区画で野菜を栽培するのである。
この農園は、とてもユニークな仕組みになっていて、加藤さんが、さまざまな作物の栽培方法をレクチャーしてくれて、ジャガイモ、キャベツ、ダイコン、ほうれん草、トマト、キュウリ、トウモロコシなど、1年間で30種類近くを作ることができるのである。一区画の畑は30平方メートルと小さいが、それでも一般家庭では十分過ぎるほどの野菜が作れる。
野菜が多いときは食べきれないものを近所に配って、近所の知り合いが増えたとか、上司に贈って、へたなお歳暮やお中元より評判がよかったとか、思わぬコミュニケーションにもつながっているのだ。
肥料や種、年間の栽培スケジュール方法、栽培に使う鍬やジョウロなどは、すべて用意してある。また加藤さんが、書いたやさしい野菜作りの本もある。使用期間は1年単位で、加藤さんの指導料金込みで3万1000円。種、苗、肥料を含んだ値段だ。農園では、化学農薬を使わないでいいように、木酢、ニンニクエキスなどの作り方と使用方法なども教えてくれる。
区民農園や家庭菜園と違って、プロが指導をしてくれるので、まずほとんど失敗がない。素人でも、初心者でも野菜が作れる。1年で更新だが、最高5年まで継続ができるので、だんだんと自分で栽培ができるまで、力をつけることができるのである。
さらに、面白いのは、みんなで同じ野菜を栽培していくことで、お互いに見よう見まねで教えあって上達するということがある。というのも、周りには3年目、4年目という人がいて、中には定年退職をしてから、毎日畑に来ているベテランが、初めての人たちにアドバイスをするということもあるからだ。また畑の仲間で気心のあった同士で、いろいろなサークルも自然発生的に誕生している。
加藤さんのところでは、さらに一歩進んで、畑で種のことから栽培を教えている。「種から知ってもらいたいんですよね。種によって、栽培される作物の味が異なる。案外、ダイコンも種と種類があって、それぞれ味わいも形状も違うということを皆さんご存じないんです。せっかく栽培からするから、同じダイコンでも、種がいろいろある、味が違うということを、まず知って欲しい」と加藤さん。
今年、農園の片隅に、キッチン付きの小屋を建てた。「実は、これ畑にきている人たちの協力で建てたもので、10万円で出来ました。いろんな特技の人たちがいる。料理が得意な方もいらっしゃるので、ここで栽培した野菜を使っての料理教室もしました」と言う。
イタリアでは、スローフード協会がさまざまな食材の違い、生産の過程などを学ぶ「味覚教育」を実践しているが、まさに日本版「味覚教育」が加藤さんの農園で行われているというわけだ。
実は、この農園は、区との共同事業の形になっていて、一区画あたり区民農園をするための補助金1万2000円が出ている。なぜそんな仕組みが生まれたかというと、都市農業では、小さな畑だけではとても生活はできない。このままでは都市から農業が消えていってしまう。
一方、畑を借りて野菜を作れる区民農園は、どの区でも消費者には大人気だ。ところが、素人がやってもなかなかうまくいかないケースも少なくない。しかも、使用期間が1年、せいぜい2年で、継続して使うことができない。このため、きちんと野菜作りがマスターできない人も多い。さらに1年ごとにメンテナンスを行う必要があり、その維持管理費が莫大にかかるのである。
ふだんなかなか来れないという人たちのための共同の畑もある
また区では、大人気の区民農園をするのに、高齢で農業が維持できなくなった農地を借り受けて行っているのだが、これが宅地並みの税金扱いで、世代交代するうちに、どんどん閉鎖される。自然に畑がなくなってしまうのである。
農家が自分の農地で区民農園をすればいい、と思われるかもしれない。ところが、これまで法律上、自分の農地を農作物栽培以外の目的で使うことができなかったのだ。そこで農業の存続、農家のノウハウ、消費者の要望、区の負担軽減といったそれぞれのニーズをうまく組み合わせて、区と加藤さんたちが4年間もかかって研究し、試行錯誤の上、誕生したのが体験農園なのである。
体験農園は評判になり、現在、練馬には8軒まで広がり、小金井市をはじめ、ほかの地区にも徐々に広がりつつある。現在、東京都では、この方式を都内で広める方針だとか。また、農園に来る人のなかには、田舎で農業をしたいとか、田舎暮らしをしたいという人の要望も多いことから、将来は、東京都以外の町や村と連携したネットワーク作りも計画されている。(ライター、金丸弘美)
2005年10月20日
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