第30回 サフラン栽培100年 大分・竹田市
サフラン農家の渡部親雄さん。球根を棚に並べて栽培する
ここ15年ほどで、全国を500カ所ほど巡ったが、そのなかですっかり気に入ってしまったのが大分県竹田市である。竹田市は九州のほぼ中央にあるのだが、自然景観と歴史と文化がほどよく調和していて、素晴らしいところだ。その竹田市に、また行ってみたいと思っていたら、NHK大分から声がかかった。生中継のゲストで呼ばれて、ロケはなんと竹田市のサフラン農家からだったのである。
サフランは、料理のパエリアでしられる花だ。東京のスーパーでも料理用の食材とし販売されている。そのサフランが、日本国内では明治時代から竹田市で栽培されているのである。竹田のサフランのことは、もうずっと前に雑誌で見ていて、その存在を知ってはいたのだが、実物にお目にかかるのは初めて。一度見てみたいと思っていたのが実現したのだから、もううれしくてたまらない。
サフラン農家があったのは、竹田市南方の山村、吉田地区。渡部親雄さん孝枝さん夫妻によるサフラン栽培を見せてもらった。渡部さんの周囲の景観が素晴らしい。里山が広がり、小川が流れ、古い農家や蔵がある。蔵の横をのぞいてみるとサフランの美しい薄紫の花が、そっと咲いていた。渡部さんの家は木造家屋で、100年以上は経つという。家の奥に木造のサフラン栽培の小屋があった。
小屋に入った瞬間に、サフランの甘酸っぱいような、優しい香りがあたり一杯に漂っている。裸電球のともった部屋はいくつもの棚に仕切られ、そこに箱に並べられたサフランの球根が並んでいる。球根からは、薄いベージュの茎が出てそこに花が咲いている。その薄紫の花をよく見てみると、水色に近い紫から、まるで海の藍のような紫まで、さまざまに紫の濃淡があって、デリケートなグラデーションが、実に素晴らしい。その色彩の見事さにしばし見ほれるほどだ。
渡部さんは、サフラン栽培は、3代目。もう80年以上になるという。代々球根を選んでは、いいものを残し、これを春先に水田に植えて、芽がでる直前に棚に移して、いっさい水も肥料も与えずに育てる。もともとサフランは乾燥地に咲く花なので、湿潤性の日本では、水を与えなくとも、空気中の水分で十分なのだという。葉はとってしまい、茎だけとし、球根の養分が花にいくようにする。花は10月下旬から咲き始める。花を摘むと、数本生えた茎から、また花が咲き、11月一杯まで咲き続ける。咲いた花を摘み取り、そのなかの雌しべだけを摘み取る。これが染料や薬品として使われる。
サフランは地中海の原産だが、渡部さんによると、なんでも竹田市では、1903(明治36)年から栽培されたのだという。もっとも料理の材料としてではなく、薬用としてで、鎮痛や精神安定の薬として使われ、直接製薬会社に送られた。現在竹田市には70戸ほどのサフラン農家があり、日本国内産の80%を占めるという。
今でも、竹田では、お湯にいれて飲んだり、産後に飲んだりするといいとも言われているという。このあたりでは、サフランが綿に入れてあって、それをお湯に入れて、飲んだのだという。実際にサフランの紅赤の雌しべを入れたお湯をいただいた。薄い柿色に染まったサフラン湯は、ほんのり秋の香りが広がって、さっぱりして気分で、本当におだやかになるようだ。
「サフランはね、私が昭和30年頃勤めていた頃、月給が6000円でしたが、その当時、1キロで13万円の値段がついたこともある。農家にとっては、大切な現金収入だったんです」と渡部さん。サフランは、花の部分をとって、その中のたった3本の雌しべを摘んで、それが使われる。渡部さんのサフランの部屋は二つあって、その棚に並んだ球根は全部で17000株。それからわずか1kgしか収穫できないのだという。
もっとも現在は、輸入のサフランがはいってくることもあって、昔ほどの高価な値段はつかないが、それでも貴重な換金作物には違いない。現在、竹田市では、サフラン栽培100年ということもあって、さまざな商品開発が試みられている。サフランのジャムやアイスクリームもあるという。
サフランの花びらは、雌しべをとると捨てられてしまうという。この花びらを食べてみると、さっぱりしていて、味も悪くない。「これ、オリーブオイルと本醸造の醤油と、竹田のかぼすで、ドレッシングにして、サラダもいいな。フレンチやイタリアンなどの料理にちらすのもいいかもしれない。あるいはケーキに散らしたらどうだろう?」と言うと、傍らにいた、商品開発をしているという竹田市農林振興課の前原文之さんも、花びらを食べた。「あっ、ほんとだ。いける。これはやったことがなかったなあ。早速、試みてみます。そのアイディアいただきです」
その後、しげしげと花びらを見て、これを大鉢に水を入れて、花びらを浮かせば、ディスプレィにも素晴らしいのではないかと思いついた。その翌日、竹田の古くからの街並みを歩きながら、いくつかのお土産屋に入ると、サフランの球根が売られている。観賞用なのだが、それもいい。さて、来年は、どんなサフランからの商品が生まれているか、楽しみだ。(ライター、金丸弘美)
2005年11月3日
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