第32回 懐かしい味、水飴作り 岩手・千厩
地方に行くと、田んぼや山里や畑や農家など、観光地でないところを案内してもらう。そのほうが、知らないものばかりで、新鮮なものがたくさんあるからだ。先般、岩手県の千厩(せんまや)から呼ばれて講演会にうかがった。千厩は、つい先だって合併し一関市になった。新幹線の一関から車で三陸海岸のほうに30分ほど行ったところだ。藤原氏の時代、馬を飼った厩舎が1000もあったということから千厩の地名が生まれたという。
役場の方に、町の自慢のところを案内してもらいたいと頼んでおいたら、金野節子さんという個人宅を紹介された。この家で、とっておきの水飴があるとのことだった。大きな木造の家の台所に通されると、炊飯器を利用しての水飴を作りの準備がしてあった。その隣には、大きな鍋にとろりとした、鼈甲色(べっこういろ)の水飴ができている。透明感のある水飴の色合いは美しい。舐めると優しい香りの甘みが口の中に広がる。そっと包み込むような柔らかな味わいである。懐かしい味がする。それは、秋の太陽のぬくもりの香りなのだろうか。
実は、僕の故郷佐賀県の鹿島市では、江戸時代からの水飴専門店小笠原商店があり「もち米あめ」として販売している。また僕の知り合いの福岡県久留米市の山口酒造場の山口怜子さんたちも水飴作りに取り組んでいる。現在の砂糖の多い食生活より、体に優しく、それに上品な水飴が、最もいいということからの取り組みだ。僕は、ぜひ広がって欲しいと思っているのである。
金野さんは水飴作りをお姑さんから習って作るようになったという。もち米を洗って一晩寝かし、3倍の水でお粥のように炊いて、これに麦芽を加える。麦芽は、もちろん麦の種なのだが、麦から育てているという。麦は洗って水に漬けて、毎日水を変えて3日ほどおいて取り出す。ござにに濡れた布をおいて、それに種を並べ、さらにござをかぶせるのだという。これで2、3日すると根が出て芽が出る。まさに麦芽になるのである。
麦芽を乾燥してミキサーで粉砕したものを炊いたもち米に入れるのである。そうして60度で、5〜8時間おいて、透明な上澄みができ始めたら、布袋にいれて搾る。そうするとまるで生姜色のような絞り汁がでる。これを中火で煮詰めると水飴ができる。麦作りかする水飴という貴重なものだ。この水飴は、そのまま食べても美味しいし、料理にもつかえる。その素材から作りあげる水飴を堪能した。
部屋には掘りごたつが用意してあってすぐに出たのが「アマランス入り田舎まんじゅう」。小豆の粒アンの入った素朴だが、しっかりとした味わいのまんじゅうで、絶品であった。こんなまんじゅうだったら、いつでも買いたい。
その後に、雑煮のお昼ご飯がでてきた。お餅はなんと3皿。わさびをすってかけた「わさび餅」。わさびの香りが素晴らしい。わさびと餅の組み合わせに驚いたが、これが絶品。わさびは、庭で野生のものだという。どうりで辛味が優しく、いい香りなわけである。
「雑煮」は、ニンジンやゴボウ、鶏肉などが入ったもので、素朴で、それぞれの素材がうまく使われている。「くるみもち」は、水飴と庭の胡桃を使ったもので、胡桃の香りと甘さがほどよい、上品なものだった。どれもが味わい豊かである。ずいぶん食べたと思ったら千厩の土地では少ないほうだそうだ。祝い事というとお餅が出て、たらふく食べるのがならわしだという。
右から二人目が金野節子さん。家の上に方には干し柿がある
金野さんの家屋は古い木造建築で、上の方がタバコを寝かせる倉庫になっている。だから天井が高く、梁がしっかりしている。遠慮がちに金野さんが「古いし、汚れてみえるから恥ずかしくて、新しくしなきゃと思っているんだが」とおっしゃる。僕は「とんでもないですよ。これこそが残す宝です」と話した。実に立派な建物なのである。
地方で講演に呼ばれると、必ず町おこしのヒントやスローフードについて尋ねられる。そのときにには、都会がもたないドラマを語って欲しいと、必ず言うようにしている。スローフードを、郷土の料理と思っている人も多いが、それはまったく違う。食文化をもとにした地域経済のシステムを作る運動なのである。だから、農村の景観の美しさ、古い建築物、地域に根ざした食材と料理、それに快適な農家を利用したツーリズムが、すべて揃わなければならない。そういったことをアドバイスし、支援しているコーディネーターがスローフードなのである。
千厩の金野さんのうちには、素晴らしい食材と料理と建築物、周辺は美しい里山があるというわけで、町の個性を売るにはもってこいのシチュエーションである。こういった金野さんのようなところを、いくつも発見して、大きく広げ、個性を生み出すのが、スローフードであり、地域活性化であると思うのだ。(ライター、金丸弘美)
2005年11月17日
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