第36回 100歳超の蔵で作られる地酒 秋田
一歩足を踏みいれただけで、なんだか厳粛な気持ちになった。空気そのものがぴんと張り詰め、けれど静かでさわやかな感じなのだ。古くからのどっしりとした木造を主とした蔵は広く、奥行きが深く、天井が高く、年季の入った柱や道具は、磨きあげられ清潔に保たれている。窓の外からは、大きく、木々の茂った庭が見え、庭には小さな川があって蔵の裏にある新山からという伏流水が流れている。その向こうには、山々が広がっている。ゆったりとした雰囲気なのである。
秋田県本荘市石脇にある株式会社斎彌酒造店は、創業明治35年(1902年)。会社名は創業者の斎藤彌太郎から取られている。その当時のたたずまいを多く残した蔵は、住宅や店舗、蔵など11カ所が、平成11年、国の登録有形文化財として指定されているという。それが現役で使われているのが素晴らしい。斎彌酒造店は、歴史的な建造物と受け継がれた技術を活かしながら、古くて新しい酒造りを行っている。案内をしてくださったのは佐藤昌敏専務取締役、それに高橋藤一取締役製造部長である。
高橋さんは、ここの杜氏でもあり、酒造りの技術の中心を担っている。高橋さんは、この蔵に来て22年だそうだが、全国新酒鑑評会で何度も金賞を受賞されている。その高橋さんの自慢の一つが、酒造りでもっとも重要な室(ムロ)である。室で蒸米に麹菌を使って麹が作られる。その麹の発酵で酒が生まれる。室の中に入ると、板張りで昔ながらの室であった。こちらも手入れがよく行き届いて、気持ちがいい。
「室は、実は13年前に新しく造り直したものなのです。スペースを大きくし、作業をしやすくしました。狭いともうもうと蒸気が立ち込めて室に疲れが出て、においもおかしくなるからです。実はある新潟の有名な酒蔵の室を見学したことがあります。そちらはステンレスでした。ですが、うちは昔ながらに木でやろうということになった。木そのものが湿度も調整してくれる。換気もできるようにしてあります。空間が狭いと湿度調整が非常に難しい。広いほど調整はしやすい。400kgの米からなにせ10%、40kgもの水蒸気が出てきます」と佐藤専務。
室が変わって酒が変わったと言うのは、高橋杜氏である。「どんな麹を作るかが、一番大事です。室が変って、お酒の中の酸度が極端に減った。発酵の途中で、麹がへばることがなくなりました。もろ味自体がかわってお酒がやわらかくなり、思い通りの狙ったお酒ができるようになりました」と言う。お酒の発酵に用いられる麹、また酒を造るもとになる酒母(蒸米、麹、水を加えたもの)の雑菌から守る役割をする乳酸自体も、この酒蔵で、選抜したものを使うのだという。さらに発酵においては、自然にまかせてかくはんしないなど、蔵独自の技術が、いろいろと行われていて、ここならではの個性あるお酒を生み出している。
斎彌酒造店で造られるお酒の3分の1は、純粋に米と麹から造られる純米酒(精米歩合70%以下)。残りが本醸造酒(醸造用アルコール白米重量10%以下、精米歩合70%以下)、吟醸酒(精米歩合60%以下)だという。酒造りに必要なものは、米と水。水はこの地の伏流水。米は秋田で開発された「あきたさけこまち」が、酒の生産量の4分の1に使われている。しかも杜氏を始め蔵に働く人たちも自ら米作りを行い、それを使っているのだという。つまり酒造りは田植えから始まっていたのである。「夏場には米の作柄がわかるし、データもあるから作りやすい。顔が見えるし、どういうものが来るかわかる。いきつくところは本物。地元で作るという思いもある」と高橋さん。
蔵でせっかくだからと3タイプのお酒を試飲させていただいた。「雪の茅舎 純米大吟醸」(あきたさけこまちを用いたもの)。やさしくてきれがよく辛口。「純米酒
雪の茅舎 山廃純米吟醸」は香りよく、ほどよい酸味があり、主張がある。「純米酒 雪の茅舎」は心がやわらぐような甘い香り。まるで桃の果実のように口にソフトに広がる。いずれも上品で、味わいよく、それぞれが口の中での広がりは三者三様で個性的なのである。
このほかにも、さまざま酒が作られているが、なかでもユニークなのがオーダーメイドの日本酒だろう。特別注文をすれば、一升瓶にして約300本単位で、独自の酒を作ってくれる。この試みは5年前から始めたのだそうで、蔵をみると、それまでの大きなタンクよりも二まわりほど小さなタンクがいくつか設置してある。これまでに、会社のお祝いや、町おこし、酒屋での特別ブランドなどで、用いられているという。気になるお値段は100万円から。これを一升瓶換算にすると一本3000円ほどというから、へたな引き出物より、はるかに安いといえそうだ。注文からおおよそ2カ月でできるという。
一通り蔵を案内してもらって、最後に通されのが、蔵にあった木造の米蔵を開放して造られているギャラリーである。大きな一枚板をいくつも用いて造られた蔵は、天井が高く、どっしりとして、重厚で、落ち着いて、空間的に素晴らしい。ここでは、希望者に無償で作品展の場として提供しているというのだが、これが実に素晴らしい。なにからなにまでが、興味の尽きない斎彌酒造店。見学希望も受け付けているというから、秋田に行かれる折には、ぜひ寄ってみるといいだろう。秋田市内からおよそ30分のところにある。(ライター、金丸弘美)
秋田の地酒 雪の茅舎 http://www.yukinobousha.jp/
2005年12月15日
|