第37回 正月飾りつくりを体験 都内で500年続く農家
「東京都内で、農業に触れられようなところはあるんでしょうか?」という質問によく紹介しているのが、日野市の「石坂ファームハウス」である。京王線の新宿から30分、聖蹟桜ケ丘駅からミニバス高幡不動行きで15分ほど行ったところにある。石坂一雄さん昌子さん夫妻と、お嬢さんの亜紀さんが中心となって営む農家「石坂ファームハウス」は、なんと500年も続き、東京都内でも珍しい、昔からの農業を残しているところなのである。
家のすぐ前には田んぼがあり、お米を作っている。田んぼの先の、なだらかな雑木林のある一画が畑で、さまざまな野菜や果物がある。キュウリやトマト、お茶、大根、芋、ニガウリ、メロン、スイカ、梅、キウイ、ミョウガ、木イチゴ、ブルベリー、リンゴまである。年間の野菜だけで60種類、果物まで入れると100種類は超えるという。ハーブも野生のものまで入れると60種類はある。この石坂さんの家に一歩踏み入れると、もうついそこにビル街があったのか、と思えないほどの静けさだ。空気が一変してしまう。実に心地がいいのである。それは周辺に緑があふれているからだろう。
平屋の家には、幅の広い縁側がある。冬の日差しをうけて、ここで座っていると、なんだか遠い田舎にきたような気分になってしまう。庭には木々があふれて、軒先には干し柿が下がり、樹齢は450年はあるというケヤキが、どっしりと植わっているからだ。その素敵な空間を使って「自然の恵みを楽しむ会」という、農場でとれる農作物を使って四季を楽しむ会が行われている。年会費1000円を払うと、毎月の内容をまとめた、1年間の案内をもらうことができる。石坂農園で採れる旬の食材を使い、季節の食べ物を作るのである。
ボランティアの人たちも参加してのスタッフの食事会。右から3人目が石坂一雄さん
1月の餅つき、七草粥、3月の麦味噌作り、5月のお茶作りなど。その他に、10月のサツマイモ堀り、11月のサトイモ堀り、10月〜11月のリンゴ狩り(予約制)、ラベンダーを使ったクラフトや藁細工などを教えてくれる。参加費用は、ものによって異なるが、だいたい500円くらいから1500円くらいまで。材料はすべて園内で採れたものだけを使う。
石坂ファームで、夏はブルーベリー摘みをさせてもらった。ブルーベリーをみんなで摘むのである。ブルーベリーも3種類あって、その味の違いや、美味しい実の見分け方まで教えてくれる。このブルーベリーをそのまま食べてもいいし、持ち帰って冷凍にして食べると、これが抜群に旨い。さわやかな風が吹く抜けていくかのようだ。
実は、ここで自家製のジャムを鍋で作ってもらい、八王子にある磯沼ミルクファームという牧場に持参して、とれたてのジャージーのヨーグルトにかけて、最上のおやつをいただいたこともある。こんなに美味しいものがあるのかというほど、素晴らしい組み合わせだった。濃厚でクリーミー、まるでカマンベールのようなヨーグルトに、夏のそよ風のような爽やかなブルーベリージャムが加わり、それにほどよい酸味が、全体のうまみを引き立たせて、極上のデザートとなった。この味は、いまでも忘れられない。
夏のブルーベリー摘みは、その後に、素敵なイベントが待っていた。石坂さんが、裏山から切り出した大きな竹での流しそうめんを楽しむのである。竹を真ん中にすっぱりと切って、それをつなぎ、上から水を出してそうめんを流す。これをみんなで食べるのである。そうめんの薬味は、庭先にあるシソの葉が使われ、ほかにトウモロコシやキュウリなどが出る。なんとも優雅で楽しい時間である。正月には、ここで取れたもち米を使って餅つきをしたこともある。納豆や大根すりや、黄な粉などをつけて食べたのだが、これも実に楽しいひと時であった。
12月17日には、「正月飾りつくり」が行われた。石坂ファームで、田植えから米作りをし、わらを使って、飾りを作るのである。今年は、「めぐみの会」の特別編「米講座」として、一般から公募した人たちも参加した。およそ40名が集まり、石坂さんの指導でわらを編んで、お正月の飾りを作ったのである。
この飾りだが、よく話を聞くと、じつは、わらの段階から準備が必要なのである。というのも、現在のほとんどの稲刈りは、コンバインという大型の機械が使われるために、わらは小さく自動的に切り刻まれてしまう。多くの米農家では、実は飾りは作れないのである。長いしめ飾りのわらを残すためには、機械は使えない。「今回参加したのは40家族ですが、100坪ほどの田んぼを、みんなて手で刈りました。私たちが機械を使うときも一条刈りといって、稲が長いままに刈り取れるものを使います」と石坂一雄さん。刈った稲は、天日で干すという、昔ながらの方法である。
飾り作りは、軽く稲わらに水を振って木槌で叩くことから始まる。水を振らないと折れるからだという。木槌で叩いてやわらかくする。水をかけすぎてもいけないし、叩きすぎてもいけない。ほどよいよさで、わらを編みこんで、これを重ね合わせて、しめ縄と作るのである。みんな石坂昌子さんや亜紀さん、それにボランティアスタッフの方々の指導で、親子でしめ縄作りが行われた。田んぼの畦でみんなが作業をしている様子を見ているだけで楽しい。なんだか、ゆったりと時間が流れている。秋の日差しをたっぷり吸い込んだわらは、温かな太陽の香りがする。
それぞれが注連縄を作ったら、石坂家お手製の里芋や、大根、コンニャク、白菜などを食べてのお昼ご飯。これがどれも素朴で、味わい深くて、うれしくなるほどの味である。実は、みんなが解散した後に、家族とスタッフだけの自家用の餅つきの時間まで残ったのだが、そのときに食べさせていただいた、薪で炊いたばかりのもち米が、うまいのなんのって。もちもちして、あまくて、香りが日向のようによくて、美味である。それに黄な粉や納豆やあんこの餅をいただいた。実に幸せな時間であった。(ライター、金丸弘美)
2005年12月24日
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