第42回 頑張れ、甘夏かあちゃん 佐賀・呼子町
甘夏の皮と果実をそのまま生かした「甘夏かあちゃん」。秋は皮が緑のもののある
甘夏の皮に、薄い黄色の透明なゼリーが、ぷるぷると揺れている。甘酸っぱい柑橘の香りがふわりと漂う。すごく清涼で、上品で、気持ちを落ち着ける。甘夏の酸味がほどよく効いた、柑橘の甘さと砂糖の甘さがほどよい、正直さが感じられる味わい。デザートに出しても、贈っても喜ばれるというのがよくわかる。甘夏そのままを生かした「甘夏かあちゃん」は、農家の主婦によって誕生した。今や大人気のヒット商品である。3名の女性を中心に始まった甘夏からのゼリー作りは、いまや4000万円を売るまでになった。
「甘夏かあちゃん」は、佐賀県東松浦郡呼子町の加部島(かべしま)という戸数192戸の小さな島で作られている。イカの活き造りと朝市ですっかり有名になった呼子の港から呼子大橋を渡ったところが加部島だ。この島の中腹ほどに山口めぐみさんが代表を務める木造家屋の工房「甘夏かあちゃん」がある。
入り口はカウンターといす。奥が工房だ。甘夏を2つに切って、果実を出し、それを搾ってジュースを作る。これを煮て、グラニュー糖とゼリーを混ぜて、甘夏の皮に戻し、冷やしてできあがる。最盛期は1月、2月なのだが、秋から夏近くまで収穫はできる。しかし酸味や甘みが違うので果汁をブレンドして、冷凍で保管して均一性を保ち、年間を通しておいしい甘夏ゼリーが食べられるようにしている。また甘夏そのものもエチレンガスを使った特殊な冷蔵庫で、長期に保管できるようにもなった。
甘夏の栽培は、除草剤や化学肥料を使わず、肥料は有機堆肥を使っている。農薬は、甘夏収穫完了後、2月から6月の間にマシン油乳剤1回、石灰ボルドー1回(JAS規格で使用可。有機栽培で、使用が認められているもの)。マシン油+ジマンダイセン(黒点病予防)1回というもの。一般の柑橘作りのくらべると6分1以下と、最低限にしている。さらに、7月から翌春の収穫販売までの半年間以上は無農薬で栽培する。これらのこともインターネットや工房で、きちんと公開し、また目の前の畑で、甘夏そのものを見学もできる。環境に配慮した柑橘栽培をおこなっているのである。
こういった甘夏の環境作りが、甘夏ゼリーの味や香りの素敵な雰囲気を生み出している。また、甘夏そのものも出荷しているが、こちらも評判。甘夏かあちゃんが始まったのは、平成2年からだった。きっかけは、平成元年に呼子と結ぶ大橋がかかって、観光客が訪れるようになったことだ。
「当時は、甘夏がとても安くて、JA経済連への出荷はキロ30円から40円。出しても運賃にも箱代にもならない。採算分岐点が、キロ100円。悔しくてなんとかならないかと思った。当時、橋からの沿道で、農家がそれぞれ路上で、甘夏を販売していた。ところが、来たお客さんが、食べてみて『たいしたことないね』という声が聞こえた。ほんとに、どうにかしたいと思いましたねえ」と山口めぐみさん。
加部島に甘夏が持ち込まれたのは、もう60年以上前だという。呼子に限らず、お隣の唐津まで、山間地での農業には、有望な作物として、あちこちで、柑橘類が栽培された。しかし、大量に栽培地ができたことに加え、輸入柑橘がどっと入るようになって、柑橘の値段は暴落し、多くの農家では、なくなく伐採したところも少なくなかった。しかも、農家は農産物に値段をつけることができない。安くとも市場で付いた値段に従わなければならないのである。
山口さんたちの島の女性グループは、ケーキ屋さん「コラソン」に甘夏を持ち込み、商品化の相談をした。そうして半年後に、現在の原型が出来上がる。「呼子の旅館の『新や』さんが、厨房を開放してくださり、それからさらに皆さんで協同開発が始まりました。水や砂糖の配分、ゼリーの具合など、販売できるまでに、それから半年ほどかかりました」。
できた製品は、地元の国民宿舎で販売を開始し、その上品で、土地ならではのオリジナルなお菓子は、口コミで広がり始めた。平成2年に車庫をつぶして工房ができ、平成6年には、県と町の補助、農業改良普及所などの指導を受けて、現在の「甘夏かあちゃん」が出来上がった。
創立メンバーの中心である山口さんは営業を、岡部くみ子さんは会計を、大薗よし子さんは製造を中心に担う。常時、地元のパートさんが7人働き、多いときは11名が働く。自給は700円から750円で、給料性である。仕事場は活気に満ちている。
「甘夏かあちゃん」が売れたことで、甘夏そのものも評価が高まり、現在はキロ200円と、全体の底上げにつながったことも、とてもうれしいです。しかも今は自分たちで値段を決めて、直接出荷できるようになった」
製品を持つ山口めぐみさん。製品は宅配で全国に配送されている
山口さんの甘夏畑は、当時130アールだったのが、現在は230アールに。他に、耕作ができなくなった放棄地の柑橘畑を4軒の農家から契約して、安心、安全で、美味しい甘夏のゼリー作りをしている。現在、工房には、木造の体験工房ができた。一般の人に呼びかけ、甘夏摘みから選別、さらには加工までを体験してもらおうというものだ。
今、小規模の農業生産だけでは、値段も生産量も低く、とても存続して経営していくことができない。しかし「甘夏かあちゃん」のように、加工、販売、サービスまで、新しい価値作りを行えば、魅力的な存在に変わるところが、いくつも出てきている。こういった地域のブランドが、あちこち誕生して欲しいと思うのだ。頑張れ、母ちゃん。
呼子甘夏ゼリー http://www.yu-netkita.com/amanatsu/
2006年2月9日
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