2005年に「食育基本法」ができてからというもの「食育」の関心はとても高まっている。そんな中、UCC珈琲の労働組合の女性メンバープロジェクトUHISの企画を担当している長瀬智子さんから、「食育をテーマに講演をしてもらえないか」と話があった。彼女と話し合って決めたのが「おにぎり」と「塩」を使った「味覚講座」である。
長瀬さんによるとみなさん「食育」や「スローフード」への関心は非常に高いということであった。彼女といろいろと話し合った。その中で、どうせなら実践から始めたいね、ということで意見が一致したのが「きてきて先生プロジェクト」で伊東市の小学校で行った「おにぎり」を使った味覚講座だ。
これはイタリアのスローフード協会のワークショップをヒントにして生まれたもの。向こうでは、チーズやオリーブオイルなど、さまざまな講座が作られていて、食材の背景や歴史、味わいや香り、視覚の違いなどを知っていくのである。それを教室形式で行い、専門家の指導で食材の違いがさまざまに表現され、それを学んでいくものだ。きちんとした食材の教養講座になっている。そうして、食材を知るということが、料理の基礎と地域の食のブランドを作ることにも繋がっているのである。
こういうことが日本でもできないか? そこで、塩と米という最もベーシックなもので試みたのだ。2004年と2005年に伊東市の小学校の生徒とともに行ったところ、とても評判がよかったのだ。塩とご飯を用意して、見た目、香り、味、手触りを表現して、それからオニギリを作って食べるというもの。さらに、塩や米の、歴史、背景と製法、または栽培法、米の種類などを紹介するものである。
UCC珈琲の東京本社と神戸本社の2回にわけて「食育講座」を開催をした。両方の講座に参加してくださったのは70名余りの男女の社員たち。講座は、まず、3タイプの塩の見た目、味、香り、手触りを、味わってもらった。
●塩
・沖縄の粟国島で作った薪炊きの「粟国の塩」(沖縄海塩研究所)・奄美諸島
・徳之島のサンゴ礁からの薪炊きの「伊仙のあら塩」(櫛澤電機)
・イオン交換膜樹脂法で作られた塩化ナトリウムの市販の精製塩
そうして、塩作りの背景をパワーポイントで紹介した。紹介にあたっては、実際の沖縄や奄美でのサンゴ礁からの塩作りを、デジカメで撮った写真を使いスライド上映したのである。
塩で感想を尋ねたところ、釜炊きの塩は「甘い」とか「うまみがある」というものがいくつか聞かれた。印象的だったのが、ふだん多くの食べ物やさまざまな加工品に入っている市販の精製塩が「なにかクスリの味がする」「塩辛い」という反応があったことだ。改めて味わってみると、精製塩の塩辛さというのが、純度の高い塩化ナトリウムの味だということが分かってもらえた。
そのあと4タイプのご飯を同じように、見た目、味、香り、手触りを、味わってもらった。そして米作りの背景をパワーポイントで紹介した。例えば、黒米は佐賀県の菜畑の遺跡の、縄文弥生時代の田んぼの様子をみてもらった。また宮城の米は、田んぼに水を張って白鳥や真雁が戻る写真をみてもらった。それから「究極のおにぎりを作る」ということで、塩とご飯でおにぎりを作ったのだ。さらに、海苔、かつおぶしも入れて、お好みのおにぎりをにぎってもらった。
●米
・三重県の「モクモク手づくりファーム」の「ごーひちご」
・「コシヒカリ」かやもり農園 新潟県(萱森教之さん)
・イタリアのスローフードアワードを受賞した「十三穀米」武富勝彦さん(ヤンキースの松井秀樹が食べているもの。これは少量を入れて炊くので、ベースになる米が必要です)
・「ふゆみずたんぼ」ガンや白鳥が戻る田んぼの米。ほなみ公社
●のり 千葉産直サービス 「えーのり」 海苔
●かつおぶし にんべん 静岡・焼津の本枯れ節の削ったもの
●醤油 チョーコー醤油 長崎県 本醸造 有機醤油
実際オニギリを作ってもらって食べてもらったのだが、みんなから「こんなにおにぎりが美味しいなんて!」と大好評であった。食材を厳選しているから、おにぎりが、とてもうまいのである。そうして質疑応答となったのだが、「食育の背景は?」「なぜ食育なのか?」「スローフードとは?」など、1時間半にも及び、盛会となった。
長瀬さんに、参加メンバーに感想を集めてもらった。
「普段なにげなく食べていてるお米が、こんなに違いがあるのかと驚きでしたという意見が多かったです。家庭では、比較して食べたりすることにはない。自分たちの大切な食、生活にあるものに改めて気付かされた。新発見でした」
「簡単なおにぎりから、今、私たちが食を見直す時が来ていることを知らされた。みんな、今の食生活が変、違うなあとは思っているが、なかなか気付くきっかけがない。ところが、おにぎりの講座を通して、身近な食べ物を見直す機会ができた。現在の簡易な食生活が健康に与える影響や、食の大切さを改めて知る講座になった。また、食育に興味をもっている人が、実は多いというのがわかった。私たちの会は、気付きをとおして、仕事と意識の両面に生かしていく会。その意味でよかったと思う。さっそく、塩や醤油など、本物にしていこうという人が生まれました」
とても楽しい会になったのだが、改めて、食材の本物を伝えることの素晴らしさを感じたのだった。(ライター、金丸弘美)