第51回 三國のデザートにも使われた豊かな味わいの豆腐
豆腐はどこでもある食品。ところが、どれも同じ味かと思うとそうではない。大豆の素材でまったく異なる。大豆の選定で、味わいが違う豆腐となると教えてくれたのが、埼玉県川越市の小野食品の小野哲郎さんだ。
小野さんの人気商品は、ざるにたっぷりと盛った豆腐「なごり雪」。まだ青い色の残る竹で編まれた目の粗いカゴにたっぷりと盛られ、ふんわりとたわわなまあるい豆腐の形状が、親しみをわかせてくれる。7、8人分はあろうかという量なのだ。これをざるからすくって食べる。料理屋さんやパーティーなどで使われている。
甘くてクリーミーで、これが豆腐なのというほどに、実に豊かな味わいが口の中で広がり奥行きがある。大豆のうまみがそのまま生きている。このままで存分にうまい。この大豆は長野県の「なかせんなり」が使われているという。小野さんの豆腐は、シェフの三國清三さんのスローフードの催しでデザートとして使われ人気を博した。豆腐がデザートにぴったり。それほど小野さんの豆腐は個性的で、味わい豊かなのだ。
豆腐は予約が三カ月先まであるほどの人気。小野さんは、豆腐という日常の食品を、もういちど素材から検証し直して、新たに個性豊かなブランドとして作り上げた。かつて、豆腐は地域の豆腐やさんが手づくりで作っていた。ところがスーパーが登場し始めて、材料は安い輸入大豆が使われ、安くてどこでも同じ味のものが出回り、小さな豆腐店がなくなっていった。そんな中で、新たに豆腐店を起こし、原点にかえって素材から探し、現在の新しい視点を入れて、見事伝統の豆腐を魅力的な新商品として蘇らせたのが小野さんなのである。
小野食品は、埼玉県の川越駅から5分ほどの住宅街にある。店主の小野哲郎さんは2代目。父親の宗澄さんが豆問屋に勤めていて、豆腐に魅せられて始めたという。お父さんのときは、他の店と同じように、均一の四角い豆腐を作っていたという。しかし、哲郎さんは、大豆を試していくうちに大豆によって味が異なり、まったく独自の豆腐になることを発見。そこから、大豆の地域の品種を生かした豆腐を作るようになった。そこから生まれて人気になったのが「なごり雪」である。
豆腐の作られる過程は、まず大豆を洗い、十分に水に浸して、水を足しながら石臼と同じ状態のグラインダーでひく。これを生暮(ナマゴ)と言う。生暮を釜に入れ蒸気で110度で煮る。そして絞ると豆乳とオカラにわかれて出てくる。できたばかりの豆乳を飲むと、これが最高にうまい。クリーミーで甘く、絞りたてのジャージーの生のミルクに似て濃厚なうまみが口に広がる、それでいてまろやか。体中がぬくもりと幸せに満たされる。
豆乳は大きなさらしを敷いたアルミの桶に入れられ、一度さらしで豆乳を包み込むようにして抜いて余分な大豆の粕を取って、そこににがりを打って、大きな櫓のような木でできた道具で一度グイとかきまぜる。そしてそれを坊主を呼ばれるアルマイトの片手鍋でくみ上げて、水に浸しておいた竹のざるにサラシを敷いて盛るのである。このさらしが、余分な水分を吸収して、豆腐の味わいを引き出す。
豆腐の盛り具合がまさに職人芸。見事にふんわりと丸く盛られる。「なごり雪」は、木綿豆腐のように、圧力をかけて水にさらすということはしない。だから大豆の甘みが存分に生きた豆腐になる。もう一つ豆腐作りで大きいのは、地下100メートルからの豊饒な井戸水。水が豆腐作りの工程で潤沢に使われる。これだけ清涼感のある豆腐屋も珍しいのではないかと思わせるほどだ。
現在、「なかせんなり」、八郎潟の「あきたみどり」、栃木の「たちなかは」の3種類を主に使っている。他にも、いろんな種類の大豆を試みているという。豆腐は「なごり雪」のほかに、絹豆腐、木綿豆腐、油揚げなども作っている。
小野さんは豆腐を新たに生み出しただけでなく、3年前に店舗を改装し小料理店のような洒落た作りの店を開いた。落ち着いたたたずまい。中に入ると大きな甕(かめ)に大胆に花が生けてある。とても豆腐店とは思えない雰囲気。
「格好いい豆腐店にしたかった。若い人たちが、豆腐店をしてみたいなあとあこがれるようなものにしたいと思っているんです」と小野さん。小野さんの豆腐店は、毎回、少しずつ発展し続けている。(ライター、金丸弘美)
■小野食品
埼玉県川越市仙波町2−7−23
049−224−4057
2006年4月14日
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