第53回 手作りぬか床の宅配便
このところ毎日ぬか漬けをしている。きゅうりや大根をぬか床に入れて、翌日の朝にはできあがる。好みとしては、2晩ほどよく漬けたものがいい。ぱりぱりとした感触とほどよい酸っぱさと塩味と、ぬかの香ばしさ、野菜のうまみがとけあって、とても幸せな気分となる。朝はあつあつのご飯でいただいて、夜はお酒のあてにと、欠かせない食べ物となった。
実は、高校生の息子が、テレビでぬか床がいいというのを見たらしく、突然「ぬか床で、いろんなものを漬けているのを見たんだけど、やってみたいなあ」というのがきっかけで、さっそく取り寄せることとしたのだ。このぬか床、実は、専門に作っているぬか床屋さんがあって静岡から送ってもらったのである。
ぬか床を作っているのは野中績秀さん。注文をすると熟成したぬか床を宅配で送ってくれるのだ。透明のポリ容器に入った3・5kgのもの。一般家庭では、ほどよい大きさ。届いた熟成のぬか床に、新鮮な野菜をよく洗って塩で揉んで入れ、7〜10時間すれば、その日からぬか漬けが食べられる。
塩は自然塩がいいというので、奄美諸島・徳之島でサンゴ礁の塩田から作っている「伊仙のあら塩」を用いている。塩が重要なポイントだと思うので、ミネラルたっぷりの海水からの手づくりというのにこだわった。あとは、近所の店で手に入れた野菜を、適当に選んでぬかに漬ける。
久方ぶりに新鮮な野菜でぬか漬けをして味わって感じたことは、軽いものはサラダ感覚で食べれるし、ちょっと深く漬けたものはピクルス感覚だなあということ。しかも自分でやってみると、外食で出されるぬか漬けなどとは違って、格段にうまい。こんなにぬか漬けがうまいかと、思った。高校生の息子も「うまい!」と絶賛なのである。
宅配で発送してもらえるぬか床。箱には隠し味の昆布、唐辛子、きな粉などが入っている。
ぬか漬けは「神経と心臓のビタミン」と呼ばれるビタミンB1が豊富なことで知られる。浅く漬けてサラダに、1週間ほどの古漬をお茶漬けにと、食べ方も工夫次第でさまざまだ。ぬかを補充すれば何年でも使える。補充用のぬか漬けも送ってくれるのだ。
ぬか漬けを専門にしているという野中さんのことを知ったのは10年ほど前のこと。ある雑誌で紹介されていた。さっそく静岡に出かけて、野中さんと知り合った。それから静岡に寄るたびに野中さんと会い、ぬか漬けのことを教わるようになった。
野中さんの工房は、静岡駅から車で20分ほどの、周辺が里山に囲まれた静かなところにある。そこが自宅兼ぬか床工房なのである。そこで毎日ぬか床をふたりの女性とともにかき混ぜている。いい糠床のコツは、新鮮なぬかを使うことと、毎日かき混ぜること。ぬかは、東京と新潟のお米屋さんから、精米したての新鮮なぬかを送ってもらっている。有機栽培か特別栽培の米のものだ。
ぬか床は、新鮮なぬかに、塩水を入れ、これに昆布、きな粉、唐辛子、生姜、カツオブシの粉を少量いれ、毎日手でかき混ぜて作る。冬場で1カ月、春秋で20日、夏は半月で熟成のぬか床になる。糠15kgに水18kg、塩が2.2kgくらいの割合だという。野中さんの糠床のファンはなんと2万人。全国から注文があり、野中さんは毎日せっせと手作りしたぬか床を送っている。
野中さんが糠床を始めたのは20年ほど前。お母さんが小料理屋をしていて、おいしい糠漬けを出していた。お母さんが亡くなって後、おいしい糠漬けが頭にあって、糠床を仕事にしてみようと、試みたのが始まり。ところが、当時は、糠床を販売する専門の人も、購入する人もなかった。まったくといっていいほど売れなかった。思いあまって、新幹線で東京に出て、飛び込みで、三越に営業を行い「これこそ、本物志向にぴったり」と、通信販売で取り上げられ、多くのファンをつかむきっかけができたのだという。
そこから徐々に広がっていった。一時は、一気に広がったこともあったが、あまりに多くなると、手づくりだけに、ぬか床の管理と熟成がうまくいかなくなるので、現在のペースで、販売をしている。野中さんは、実直なタイプ。その実直な人柄が、ぬか漬けの生きた乳酸菌の活き活きとさせているのかも知れないと思うほど、糠床は、じんわりとうまみが伝わる素朴ながら最上のうまみをたたえているのだ。
ちなみに糠床は、透明野ポリ容器入り3.5kg4600円。量り売りで購入することもできて、3kg以上で、1kgで1100円である。(ライター、金丸弘美)
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2006年4月28日
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