第56回 今も作り続ける懐かしの味、水飴 佐賀・小笠原商店
懐かしいというのが最初の味の印象。優しい甘さがあり、琥珀色でとろりとしている。香りは、秋の実りの頃の、なんともいえない太陽と大地のにおいがかすかにするかのようだ。なめた瞬間、幼少の頃に引き戻されて、当時の町並みや暮らしのなかにテレポートしたような気分となった。しかも、こういうものをきちんと手づくりしているところがあったという喜びもあって、店主・藤田栄一さんとはすっかり仲良くなってしまった。
藤田さんが作っているのは水飴である。この店では「もち米飴」として販売されている。藤田さんの小笠原商店は、佐賀県鹿島市にある。木造の古い作りの店舗と、奥には戦後建てられたという工房がある。創業は文政5年(1822年)。藤田栄一さんは7代目となる。現在も昔のやりかたを踏襲して、佐賀県産のもち米を使い、釜で炊いて煮詰めてという水飴を作っている。
家屋そのものが、古くて、だからノスタルジックな気分にもなったのかもしれない。設備は、昭和の中期に建てられたというそのままで、外観はすべて木造。工房には、製造の工程に使うざるだの、鍋だのがおいてある。水飴を作る釜は、レンガ製で、今でも薪を用いて手作りしているというのだからおそれいる。しかも、できあがった水飴は、一本一本丁寧に瓶詰めしている。
この水飴もさることながら、最もうれしくなったのが、水飴を原料にした飴「あめがた」である。まっしろになった棒状のもので、これが炒った米ぬかのなかに入っている。米ぬかの香ばしさとほのかな甘い香りに包まれた飴は、僕らが幼少の頃、時々食べた、優しい甘い味わいがした。
「あめがた」は、水飴を原料として、これを何度も何度も引き伸ばし重ねて、それを繰り返していくうちに、次第に白く固まってくるものだ。今年84歳になる母に尋ねると、そういう飴づくりをしている専門の店が、僕の故郷の唐津に戦後まもなくまであったそうだ。やさしい味わいの元が、実は水飴で、しかも原料はもち米と麦芽でできている。お米をゆっくりしっかり噛むと、次第に甘くなってくるが、その微妙な甘さをぐっと凝縮した甘さなのだ。だから優しいはずである。
水飴の原料はもち米と、麦と、水である。もち米を洗って寝かし、たっぷりの水でお粥のように炊いて、これに麦芽を加えるのである。麦芽は、麦の種を発芽させたもの。この麦芽の酵素でもち米を分解して、甘い水飴独自のとろりとした味わいが生まれる。
最近知ったのだが、ここまでの工程は、実はビールと全く変わらない。麦芽はビールでいうところのモルトにあたる。これにホップを入れたのがビールなのである。藤田さんに尋ねると、まったくそのとおりだという。
あめ作りの作業はまるまる2日をかけて行われる。もち米のお粥に少しずつ麦芽を加え、酵素の分解によって糖化(とうか)させていく。これを濾(こ)して、あめの原液を作り、それを釜でゆっくりと煮詰めていくのである。この間に出るあくを丁寧にすくい取り、やがて琥珀色の美しい水飴となる。
この水飴、そのままなめてもおいしいが、料理に使えば優しい味わいになる。紅茶にもお薦め。さらには、しっかりした国産大豆の汲み上げ豆腐にかけると最上のデザートとなる。最近、この水飴が僕らの周りで注目されている。というのも、最近の食べ物は砂糖がはんらんしすぎて、糖分の取りすぎが問題になっているのだが、砂糖の替わりに水飴を使っているのだ。これだと、とてもデリケートな甘さが出る。上品で味わいも豊かなのである。
有限会社 小笠原商店
〒849-1311 佐賀県鹿島市大字高津原4364-1
フリーダイヤル0120-1-05483 TEL:0954-62-4530 FAX:0954-63-9081
小笠原商店 http://www.e-ame.com/
2006年5月25日
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