第58回 四万十の天然うなぎを食べる
これからうなぎの季節。日本人はうなぎが大好きである。うな丼、うなぎの蒲焼、うなぎの白焼きなどがある。土用の丑の日に食べる習慣となったのは江戸期といわれるが、いまでも夏の暑い日のうなぎは大人気だ。しかし、うなぎは、今では、一年中食することができる。それは養殖が発達したからだ。
養殖が始まったのは明治10年。うなぎの養殖は特殊で、冬から春にかけて海から川にのぼる6センチあまりの稚魚(シラス)を捕まえて、それを大きくする。卵から育てることはできないのである。というのもうなぎの産卵場所や稚魚がなにを食べているか、いまだによくわかっていないからだ。ようやく最近になって産卵場所が太平洋のマリアナ海域付近だろうと、明らかになろうとしている。
日本では、稚魚自体を、多くは中国、台湾、韓国から輸入をしている。一般のスーパーに蒲焼の加工品が多く出回っているが、その多くは中国、台湾からの養殖物を現地加工したものだ。日本国内で食べられるうなぎは、国産2万2000トン、中国産7万2000トン、台湾産2万2000トン。国内の自給率は19%である。(平成15年度水産白書)
「川から捕れた天然ものが食べたい!」という人も多いが、これらは天然ものが捕れる自然の大きな川を持つ地域に限られ、しかも直接専門店に入るか、地元で食べられてしまうため、一般の流通ではほとんど手に入らないといっていいだろう。
そんななか、天然ものを一度味わってみたいと、あちこちに聞いてみると、四国の四万十なら食べることができる。なかでも中流域の西土佐が天然うなぎで知られるという。そこで四万十を訪ねることにした。まず、東京から飛行機で1時間30分かけて高知龍馬空港にとび、それからバスで40分かけて高知駅へ。高知駅から電車でおよそ2時間かけてようやく四万十にたどり着いた。
周りの風景は、これまで見た地域とはまったく異なった。周辺は山々が迫り、ほとんどが山林地帯だ。その山々の深く、どんと四万十川が大きくうねっている。川は深く広い。山林と川のわずかな平地にまばらに家々が連なっている。四万十川に来て、その大きさに目を見張った。川幅の広い川が、どこまでも続いている。天然うなぎがいるという話だったのだが、それがすんなりうなずけた。
そそり立つ山々の間をダイナミックにうねるように196kmにもわたり流れる四国最大の四万十川は、川魚が豊かで、鮎やウグイを始め150種類を越える魚がいるといわれる。うなぎは、上流から下流まで生息する。天然うなぎの水揚げは、毎年48トン(2003年)前後で推移している。なかでも、最上の天然うなぎで知られるところに、四万十の中流域にあたる西土佐がある。
西土佐には、川魚を扱う専門の四万十川西部漁業協同組合鮎市場がある。地元で漁をする会員314人が登録する市場だ。ここに地元の人たちが捕ってきた天然うなぎが集まる。市場には水槽があって、こちらに天然もののうなぎがいた。ここから地元の料理店に天然うなぎが出される。鮎市場の主任の林大介さんに尋ねると「うなぎは四万十の玉石が棲家。中流域は小魚、プランクトン、虫など餌が豊富で、頭の形がよくて、身がひきしまっているんです。このあたりに住んでいる人は、みんな天然しか食べないよね。40センチほどで100gくらいのがおいしい」という。
全国各地からも注文が来るそうだが、大口はすべて断っている。天然だけに、どれだけ集まるかわからないからだ。個人の注文のみ引き受けており、さばいて発送してくれるという。お値段は1kg8000円(100g800円)。6月から7月中旬がもっとも天然うなぎのおいしい時期。ただし、入荷にばらつきがあるので、必ず電話で確認をして欲しいという。
せっかく訪ねたので、林さんが選んだ最上のうなぎをさばいてもらい、すぐ近くの四万十川が一望できる岩城食堂で焼いていただくことにした。岩城食堂は明治8年開業の老舗。天然もののうなぎを食べることができる。さばいたうなぎはまず火で軽く素焼きにする。この時点で、ぐっと縮んで身が引き締まる。それにニホンミツバチの蜜、砂糖、酒、醤油の特製たれをちょっとずつ足して30分かけて焼くのである。出されたうなぎ丼と蒲焼は、脂がのっているのに、さっくりとした感触で、味わいはさっぱりして、実に品のよいものなのであった。
さて、天然うなぎを四万十川で、もう40年もうなぎ捕りをしている名人がいると紹介を受け訪ねたのが、やはりこの近くに住む下原功美さんである。「4月になれば、うなぎ漁が始まるんです。川の端から端に渡す延縄と呼ばれるものです。張った縄に、5針とか10針とつけ、ハヤとかエビを餌に釣るものです。5月になると、ころばしという仕掛けに変わります」と下原さん。
ころばしとは、餌を入れた箱をいくつも沈めて、箱にうなぎを誘い込む仕掛けである。箱の中にエビやミミズを入れておき、その餌をうなぎが食べにくると、箱が細いので、いったん入ると抜け出せなくなるものだ。その実際を見せてもらった。下原さんは、川に入り、4メートルのロープをつけた木製の細長い錘のついた箱型の仕掛けころばしを川にあちこちのポイントに置いている。仕掛けは前日に仕掛けて、翌朝引き上げる。
ポイントがどこにあるかを見極め、仕掛けを置くのがベテランの腕のみせどころ。うなぎの餌として使うのは四万十川のヤマトテナガエビと呼ばれるもので、これは細長いビニールパイプに米ぬかを入れた仕掛けで捕る。ヤマトテナガエビは、大きなエビで、ボイルすると最上の味わいである。エビはうなぎ同様に西土佐の人にとってはなじみのものだという。
下原さんの、うなぎ漁は11月まで続くという。「延縄の頃は、大きいが痩せている。秋は皮が硬い。やっぱり6月から7月のうなぎが、いちばん脂がのっておいしいんだよね」と下原さん。
◇四万十川西部漁業協同組合 鮎市場
高知県四万十市西土佐江川崎249−1
電話:0880−52−1148
2006年6月9日
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