第62回 町全体をデザインする 大分・日田市大山町
町おこし、農業の新しい取り組み、という話しで必ず名前があがるのが、大分県日田市大山町。一度訪ねてみたかったところである。その機会がやっとおとずれた。というのも大山町の町おこしの中心となっている「大分大山町農業協同組合」の代表理事組合長の矢幡欣治さんと知り合うことができたからだ。
大山町は福岡県から車で約1時間。日田市にあり人口3800人、世帯数1007戸の町で、町の70%が山林でおおわれている。平地は少ない。山と川に挟まれたわずかな敷地にあるのが、町おこしの要となっている「木の花ガルデン」。地域の農産物を使ったレストラン、野菜や加工品を販売する直売所、喫茶室などがある。
まず目についたのが、レストランのデザイン。大山の木材を使って建てられたという建築物は、外観が控えめで、しっかりとして、落ち着いていて、景観との調和がとてもとれている。全国の直売所、道の駅などを訪ねるが、地域景観を配慮したデザインのところは少ない。その点、大山の建築物自体が、全体を考慮したものだというのがわかる。レストランだけでも15万人もの人が食事にやってくるというのもうなずける。
聞けば、レストランを建てるのに全国の事例を見てまわり、ドイツ様式の建築物をモデルにしたものだという。また組合長自身も海外に出かけ、ロサンゼルスの農家の販売、ヨーロッパの協会での物々交換の市場、中近東のバザールなど各地の市場を見学し、全世界で、農民が直接消費者に販売するものが人気を博していることを見てきたという。それらの視察をもとに、大山の地域に即した市場とレストランを平成2年に作ったのだという。
レストランの内部は、木造でひろびろとして、窓外には美しい川を望むことができ、食事はビュッフェ形式。それも大山の農家でとれた農産物がフルに使われている。料理を作るのは、町の女性人である。新鮮な素材を使ったさまざまな料理を楽しめる。2006年4月には、大山の特産となっているキノコのレストランもできて、こちらも人気を博している。なかでも、シイタケ、シメジ、ブナシメジ、ヒラタケ、エノキ、ナメコ、エリンギ、パイリング、キクラゲなどに豚肉を入れて蒸してポン酢で食べる蒸しのコース料理が評判だ。
レストランに併設して、農家での農産物、加工品が販売されている。驚いたのが大山の象徴ともなっている梅を使った梅干の貯蔵庫が地下にあって、これがまるでワイナリーなのである。ここでは町民の企画運営する年に1回のコンサートが開かれている。4年に一度は、大山で梅干コンテストも開催されているという。レストラン、直売所だけでも全体で5億円を売り上げるという。
大山町は、かつて産業がなく、農業では食べることもできず、多くの人が外に働きに出たという。ところが現在では、農業所得は大分県でもトップ。農家でも1000万円クラスは100戸も生まれたという。その背景になっているのは、農家が農業生産だけではなく、自ら地域の農産物を使って加工から販売、サービスまで、一貫して行って、付加価値を高めてきたことにある。それだけではない。山間地にふさわしい農産物を少量多品目で作り、バラエティ豊かな食材で、それらを使い、レストランのメニュー、加工品の多彩さを生み出した。
大きな換金作物としての農産物のリストを見ると実に多い。梅、すもも、ゆず、銀杏、ぶどう、栗、キノコ類、ハーブ、葉わさび、菜の花、ふきのとう、などさまざまにある。山林で、畑地が少ないなかで、逆に山間地でできるもので、地域の力になるものを、町全体で栽培をしてきたという。それは戦後から始まった大山町の町づくりでビジョンを明確に描いて進められてきたものだ。また海外での研修も早くから進められ、農産物を加工して販売するという方法は、当時の若い農家の人たちがイスラエルのキブツで学んだものという。
現在、レストランと直売所は、福岡や大分市にも進出し、「木の花ガルデン」の売り上げは約16億円。年間購買客は190万人。「大分大山町農業協同組合」におけるレストラン、市場、市場出荷、加工品製造販売、キノコ栽培など農産物を中心とした農業関連の事業取扱高は56億円にもなる。
現在の日本で多くの農業の現場では、農業生産の拡大、効率化、生産性拡大ということが言われているが、農業生産に目を向けているだけでは、農家も地域も間違いなく衰退しつぶれていくだろう。生き残れない。農産物は価格は低迷し、たとえ効率化して規模を拡大しても、それだけリスクも大きくなり、大きな利益は得られない。得られても地域規模の大きな、特定の農家や企業に偏ることとなり、地域全体の豊かさには、必ずしもつながらない。ましてや中山間地が4割を占めて、小規模農家の多い国内では、ほとんどが淘汰されてしまうことになる。
また農業生産で市場出荷という従来の方法では、農家側に価格決定権がなく、たとえいいものができたとしても、市場の言い値にゆだねるしかなかった。だが、直売という方法であれば、自らが価格の決定ができる。さらに自ら加工をし、販売をし、レストランまでを経営すれば、地域のものが大きな高付加価値商品としてかわる。そうして、それらの活動に地域の人たちが関われば、地域の経済を豊かにできる。
これからは、一次産業としての農業ではなく、二次、三次を加えた六次産業の時代と言われる。大山町では、農産物の栽培から加工品の販売やパッケージ、レストランの建築物まで町全体がデザインされている。それは従来の近代農業では、見られなかったものである。その未来のデザインの形の一つのモデルを創造したのが大山町ということができる。このデザイン力というソフトこそ、これからの地域に必要なことなのである。(ライター、金丸弘美)
大分大山町農業協同組合 http://www.oyama-nk.com/
2006年7月6日
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