第65回 九州で「魚醤」を生産 大分・佐伯
よく使う調味料に「魚醤」がある。鍋物はもちろんだが、煮物をはじめとしたあらゆる料理に使っている。ちょっとたらすだけで、味わいがぐんと豊かになる。魚を塩につけて、3年寝かして発酵させ、それをこした液体状のものである。有名なのは、秋田の「しょっつる」である。僕の生まれた佐賀県では、一般に使われていなくて、「しょっつる」の存在はもう15年ほど前、秋田の無明舎出版のあんばいこうさんと親交ができて初めて知った。
この「魚醤」を大分県佐伯市で製造していると教えてくれたのが大分県生活環境部の川ノ上実さん。川ノ上実さん自身が県の特産作りの加工を担当していたことがあり、魚醤の開発に協力してきたのだという。大分県で、なんでまた魚醤がという興味もあってうかがったのが、佐伯市の飲食街「うまいもの通り」にある「活魚料理いそよし」という魚専門の料理店だった。ご主人の川島由徳(かわしま・よしのり)さんが、6年前から始めたものだという。
実は川島さんは市販の醤油にあきたらず、魚料理や魚の加工品の味を引き立てるために本物の調味料を自ら生み出したいと、とうとう製造にまで乗り出したという。一般に私たちが手にするスーパーの安い調味料は、人工的に味を合成したものが少なくない。大分、佐賀、鹿児島など、安く売られている醤油は、人工甘味料を加えた促成のもの。これらは味が強く、素材の本来の持ち味を生かさず、料理の味を画一的にしてしまいがち。これは「味醂(みりん)風調味料」と表示された「味醂」みりんもどきの調味料も同じだ。
佐伯市は魚種が豊富で、昔から漁港で栄えたところ。目の前はすぐ海で市場もある。そして新鮮な魚も手に入るとあって、鮮度のいい魚を食べるのにはもちろん、その加工品も調味料から作り上げて、最上のものをと、川島さんは考えたらしい。ところが、九州には、秋田県や石川県のような、「魚醤」の存在がまったく知られていない。そこで一からの試行錯誤が始まった。
「実はすり身を、素材を生かして塩だけで作ってみてはどうかといわれたことがありまして、実際やってみたが、あまりうまみが出ない。小豆島の本醸造の醤油も使ってみたが上品すぎる。化学調味料だと味が画一化してしまう。タイの魚醤のナンプラーも使ってみたが、こちらはにおいが強烈。それで、7年前から魚醤の製造の試みが始まったんです。三重町の加工センターの先生にも指導を受けながら、1年ほど共同で研究開発を一緒にしました」と、川島さん。
川島さんの魚醤の工場は、料理店とは別に近くにあった。事務所の奥に製造工場と貯蔵庫がある。材料は新鮮なアジを使う。鶴見の市場で採れたての新鮮なアジを仕入れて、工場に搬入してから、一回水洗いをして、それをつぶして、カッターを使い、ミンチ状態にしてから、磯塩を全体量の20パーセントを入れ、かくはんして、樽で保存する。魚の内臓や肉に含まれる自然の酵素で自然に分解し発酵するのである。漬け込んだばかりのものを開けてもらうと、ぷーんと、魚と潮をまぜたような香りが立ち上ってきた。ここで白いご飯と日本酒があれば、そのままおかずにしたいような、食欲を刺激するにおいである。
3年樽で寝かしてこして「魚醤」ができる。川島さんの料理店では、ほとんどの料理に自家製の魚醤を使っている。ところが、この魚醤、地元では、まだ十分に理解されるところまではいっていない。というのも、魚醤を使う文化は、九州では見あたらないからだ。ただし、魚醤文化そのものは、そうとう古く、日本では、すでに縄文時代に使われていたというのだが、その後、穀類を中心とした発酵の醤油が主流となった。川島さんの魚醤は、実は、むしろ東京のほうで使われている。有機野菜や、本格的な調味料を扱う流通業者に高く評価されて、取引が3年前から始まったのである。
また工場では、つみれ、てんぷら(一般に言われるさつま揚げ。九州ではてんぷらと呼ぶところが多い)、かまぼこという練り製品も製造している。材料はすべてアジ。それにも魚醤がつかわれ、化学調味料や、防腐剤などつかわないもの。まさに本物にこだわっている。
川島さんの自慢の一つに、干物がある。アジ、小鯛、かます、とびうお、イサキなど時期の魚を魚醤に漬け込んで干したものだ。そのアジと小鯛をいただいた。アジは、身がしまっているのだが、しかしぞんぶんにやわらかく、うまみと甘みが、ふわふわと口の中にひろがり、それも上手に引き出されているうれしい味わい。鯛は、白身がしっかりしていて、口のなかでじんわり、ゆったり、うまみが上品に溶け出していく。
魚醤は、1本180mlで480円という手ごろな値段。うちの食卓の調味料に加わったのは言うまでもない。こういった基本の調味料から考えた加工品作りや料理が広がることは、とても素敵なことだ。
活魚料理いそよし 大分県佐伯市内町368−1
電話:0972−24−1027
2006年7月28日
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