第66回 東京の牧場で本格的味覚教育
新宿から約45分、東京の八王子にある磯沼ミルクファームの磯沼正徳さんと知り合ったのは、もう10年前。牧場ではジャージー種のミルクから、ヨーグルトを作っていて、これがクリーミーで味わい豊かで抜群にうまい。それから牧場に毎年訪ねるようになり、仲間を誘っての牧場のミルクを使った食事会を、時々してもらうようになった。磯沼さんと相談して、今回は、特別にワークショップ(味覚教育)を織り込んだ牧場素材を使った料理会を行ってもらうことになった。
味覚教育とは、食材の特性を五感を使って、その歴史的背景から原料、加工法などまで学ぶものだ。牧場で、牛の成育や餌などで違うミルクの味わいや風味というものを知ってもらうものだ。「牧場の食事会」を開催したのは2006年7月29日(土曜日)10時からである。あちこちに声をかけたら予定の30名をとうに超える人が集まった。参加者は、栄養士、料理研究家、農家、ジャーナリスト、中学生や小学生など多彩な人たちである。
牧場の敷地に日陰用のテントを張り、板を利用して椅子を、それにテーブルとパラソルを立てて、たちまちオープンしたばかりのレストランができあがった。まずは、昼の食事会に備えての料理の準備から。この日のメニューは、牧場で取れたものをメインとしたものである。
・3種の搾りたてミルクのティスティング(ホルスタイン、ジャージー、ブラウンスイス)
・牧場溶岩石窯で自家産小麦粉のマイピザ作り
・ガーデングリルでの子牛肉のグリル
・有機野菜のサラダバー、ヨーグルトソース付き
・デザート クレメダンジュ天使のデザート
・ドリンク(1) スパークリングミルク+キャラメルミルク+のむヨーグルトスパークリングミルク
・ドリンク(2) みるくの黄金律・3種の乳牛のブレンド、牧場プライベート牛
料理の準備が整ったところで、まず行ったのがミルクのテイスティング。磯沼ミルクファームには、3種類の乳用牛が飼われている。このミルクを牛の名前だけをつけた鍋についでもらったものを、それぞれコップで試飲するのである。試飲のためのテイスティング用紙は、イタリアのスローフードの農家でのワークショップで使われたものを、スローフード食の大学の専門課程を卒業した柴田香織さんが、日本版にアレンジして、持参してくれた。「視覚的特徴」「香り」「味・舌触り」「風味」を3段階で評価し、それぞれの特徴をまずブラインドでミルクを飲んで観察するものだ。そうして感想がひととおり出たところで、ミルクの牛を回答する。
●ジャージー種
原産は英仏海峡のジャージー島。小型の牛で、乳量は年間約4000kg。薄い茶色の美しい毛色している。乳脂肪率が約5%、脂肪球も大きい。クリームが分離ししやすく、カロチン含量も高くて美しい黄色をしているので、バターやクリームとして使われる。干草のように香りがよく、こくがあり、ミルクの甘さが強い。色はストロー色。
●ブラウン・スイス種
原産はスイスで乳用肉用役牛として利用されていたスイス・ブラウン種を、アメリカで乳専用種に改良したもの。薄い茶色をしている。大きな乳房をもっている。乳量は年間約4800kg。乳脂肪率は4.0%。チーズ用に使われる。香りはそうしないが、
甘みがある。薄いベージュ色。
●ホルスタイン種
原産はドイツのホルスタイン地方。ホルスタイン・フリーシアン種とも言う。白と黒のまだらの毛色。世界中で一番多く飼われている。日本でもほとんどがホルスタイン。乳と肉ともに利用される。牛肉ではオス牛が多く利用される。乳量は年間6000-8000kg。乳脂肪率は3.5%。さっぱりしている。色は白。牧場の香りがする。
3種類ともまったく香りも、見た目も、味わいも違う。みなさん牛の違いからミルクも色合いも味も異なるという味覚講座は、初めてという人ばかり。無理もない。3種類も牛を飼っている牧場というのは、まずほとんどない。一般に販売されているミルクは、ホルスタインで、そもそもミルクの比較をしようがないのだ。ヨーロッパでのチーズの多様性は、加工法の違いだけでなく牛の品種や家畜の違いにもある。
ミルクの違いから、餌の種類まで話がでて、みなさん感慨深い。さてミルクと牛の違いを知ったところから、料理が始まった。牧場で栽培された小麦を使ってピザの生地を作り、これにトマトや自家製チーズ、シシトウ、ピーマン、ナス、ソーセージなどをトッピングして、石釜で焼くのである。なんといってもダイナミックで、みんなが驚いたのが、子牛のグリルである。8カ月のジャージーの子牛の肩肉骨付きを大きな串に刺して、これを薪と炭を使ったグリルで丸焼きする。これを少しづつ回転させながら、ナイフで削っていただくのである。
サラダやピザ、子牛のグリルも好評であったが、磯沼牧場の特性の、ホエー(乳清、チーズを作るときできる副産物で、栄養価の高い液体)のジンジャエール、ミルクを酵母で発酵させたスパークリングミルク、キャラメルミルクなども大好評。さらに、実演つきで紹介され、その後、みんなが作ったクリームがたっぷりの濃厚な特性のヨーグルトとフローズンヨーグルトを使ったデザートは喝さいをあびたのだ。
食事後は、磯沼さんの牧場見学。それも磯沼さんの解説で、餌の種類から、糞尿の堆肥化、都市農業での工夫など、きめこまかな紹介で、まさに食は料理のみならず科学と文化と経済の複合体というガストロノミーというものを、間近に体験した一日で、参加者から絶賛。こういった味覚の講座を開いて欲しいという要望の声がたくさんあがったのだった。
磯沼ミルクファーム(牧場主・磯沼正徳)
193−0934 東京都八王子市小比企町1625
電話042−637−6086
磯沼ミルクファーム http://www.kasanushi.com/
2006年8月3日
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