第67回 歴史と伝統に現代の風を吹き込んだ酒造り 佐賀
「佐賀県でもトップクラスの酒蔵がありますから、ぜひご案内します」と声を掛けてくれたのは、酒のプロデュサーとして酒蔵とともにオリジナルの日本酒を手がける森山藤一郎さん。向かったのは佐賀県三養基郡(みやきぐん)みやき町にある「天吹酒造(あまぶきしゅぞう)」である。一歩入って驚いた。木造建築に漆喰を使った蔵、巨木のある掃除の行き届いた中庭は、まるで別世界にきたように美しく、伝統によって築かれたたたずまいが、そのまま、現代まで血が通っている。その空間の美しさに、まず心うたれたのである。
話をうかがったのは、酒造りの中心となっている常務取締役の木下壮太郎さん。天吹酒造は元禄年間創業で、300年の歴史を持つという。現在は、常務のお父さん木下武文社長で10代目になる。もともと佐賀の背振山系(せふりさんけい)の豊かでまろやかな伏流水が地下から自噴(じふん)したそうで、その地下水のあるところに蔵が設けられたのだという。さらに佐賀平野の豊穣な米があって、酒造りには、もっとも適した場所にある。敷地は3500坪あるという。
「ここのは軟水で、お酒を造るには柔らかいのか、とても作りやすい。発酵がとてもゆるやかで、柔らか味のあるお酒になります。水はその土地にしかない。自分の水にあった酵母や米の味わいが出てくるのではないでしょうか」と木下さん。仕込みのタンクを見せてもらったら、驚くことに、他のほとんどの蔵で見た大型のものではなく、二回りも小さなものがずらりとある。
「米、麹までを手で扱える限界のサイズということで、一升瓶で800から900本単位です」。目の行き届く範囲で、あえて量や効率を追わないことで、品質のいいものを生み出すと同時に、さまざまな試みの酒造りもできるような体勢になっている。同時に、祝い事の特別オーダーで、オリジナルな日本酒もできるという仕組みになっている。いちばん多いのは、特定銘柄の純米吟醸で20種類近くを造っている。
使われるお米は県産が80パーセント。品種は山田錦、れいほう、西海135号、西海134号、佐賀華などの酒米。県外からは、みやま錦、秋田さけこまちなど、さまざまな酒米が使われている。西日本で、かつて栽培されていたという神力という酒米を復活させ、それからも酒造りが試みられている。「私と弟とで酒造りをしています。いいといわれるお米は、すべて試してみたい。最終的に地元のお米が合うということがわかっても、試せるものは県外の米でも試みたいのです。自分たちが納得のいくものを探したいんです」と、実に意欲的だ。
驚いたのが、酒造りに花の酵母が使われているということだ。「アベリア、蔓薔薇、カトレア、シャクナゲ、なでしこ、日々草、ベゴニアなどです。これはすべて天然酵母。酒造りは、ほとんどが熊本の蔵から発見された9号酵母が使われていますが、うちでは、独自の新しいお酒造りをしたいということから花の酵母を使っています。酵母は東京農業大学短期大学部醸造学科酒類学研究室で中田久保教授によって生まれたものです。この酵母を使った蔵が全国で34あり、そのメンバーでの研究会と情報交換をしているんです」という。
木村さんが特に気にいっているというのが、なでしこ酵母だという。「使い方によって差がでるのが、なでしこ酵母。扱いが難しい酵母なのですが、だからこそ面白い。蔵によって個性がでるんです」という。いくつか試飲させていただいたが、花の酵母は、他とは違い、実にフルーティー。これまでのお酒と違い、洗練され、研ぎ澄まされた感じ。実に上品で飲みやすい。
歴史ある酒蔵だが、そこには新しい酒造りの試みが、さまざまに行われているのだった。酒造りに欠かせないのが室(ムロ)である。室で蒸米に麹菌を使って麹が作られる。その麹の発酵で酒が生まれる。室は最近改築したのだそうだが、伝統的な造りを踏襲した木造。木のほうが呼吸をするからだそうだが、しかし、温度管理はセンサーを用いて、外部からでも温度管理ができるようにしてあり、最新の技術もうまく生かされている。
天吹酒造では、3年前から一般の人たちに蔵の見学会という開放も試み始めた。「今のままではだめで、こちらから発信しなければと思いました。誰が来て見てもおかしくない環境づくりをしようと。人に来てもらうことで、自分たちも緊張感があり変わる。自分たちのものを見てもらいたい。蔵の人の思いも伝えたいと始めました」。そのためのティスティングコーナーも設けた。
蔵の見学会は、なんと蔵としては最も多忙な2月から3月である。「2月は、仕込みも、搾りもおこなっている。もっとも活気のあるとき。杜氏は、私の弟がしています。お米がお酒に変わるプロセスを見ていただきます」。見学会は1グループ20名以下で、無料。また有料の試飲会もあり、こちらは60mlを3タイプ飲んで、300円。さらに、平成10年からは2反だが、合鴨農法による米作りもはじめ、酒蔵での米から作る酒造りも試み始めた。歴史と伝統に、現代の新しい風を吹き込んだ天吹の酒造りは、今、多くの共感をもって迎えられている。(ライター、金丸弘美)
天吹酒造合資会社
佐賀県三養基郡みやき町東尾2894
電話0942−89−2001
天吹酒造合資会社 http://www.amabuki.co.jp/whatsnew/new.html
2006年8月17日
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