第77回 カボスを使った味覚授業 豊かな表現引き出す 大分・竹田
大分県竹田市の竹田南高校で、3年生を対象にカボスを使った「味覚講座」を行った。この講座を企画し、学校と連携して、具体的な形にしたのは竹田市市民福祉部健康増進課の堀田貴子さん。竹田南高校では、食育に力を入れているという話を聞いたことから、学校でのワークショップを持ちかけたのだ。
ワークショップが行われたのは10月16日の10時55分から12時45分までの3時限目と4時限目。使われたのは、大分県産の名産品であるカボスをメインとした柑橘。実は、この講座の前に食物専攻の生徒10名が、カボス栽培の農家の古庄眞澄さんのカボス畑に行って収穫を体験。その後、家庭科の時間では、後藤恵利子先生の指導で、カボスを使ったゼリーとクッキー作りを行って、それから味覚の講座を行うという3段階の授業なのである。
調理室では、パレットに柑橘がずらりと並んだ。竹田のカボス(種あり)、竹田のカボス(種なし)、臼杵カボス、ゆず、シークワーサー、すだち、レモン、穀物酢の8タイプ。ふだんなにげなく使っているカボスやすだちだが、並べて違いを知るということはめったにない。これらを「色」「香り」「味」「外観」を、観察するのである。そうして、ティスティング用紙に記入をしていく。
この日のため、竹田市農林畜産課営農係の前原文之さんには、大分のカボスの品種からその特徴、歴史、ほかの柑橘との違いなどについて、カラーの資料まで作っていただいた。世界地図も入っていて、柑橘の発祥地のインドアッサム地方を始め、各地に伝わった経路も紹介されている。またカボスは、橙の系列で、古名の「かぶす」から由来すること。豊富にあるビタミンC、クエン酸が、健康にもよく保存剤としての力もあること。そうめん、刺身、鍋物、揚げ物など、用途が幅広いことなど、前原さんが解説を行った。
カボスと言っても、酸味と香りが強い大分一号、昭和46年に発見された緑が濃く種が多いが保存性に優れた豊のミドリ、昭和55年に津久見市で発見された果皮が薄くおだやかな香りと酸味の香美(かみ)の川、昭和49年に緒方町で発見された小さく種が少ない祖母の香と、いろいろあるのである。またレモンや、沖縄のシークワサーとは、見た目も香りもまったく違う。これらが、前原さんのテキストと観察で、より明確に伝わる。
生徒たちは、それぞれに真剣にテイスティングを行い、それぞれの違いを用紙に書いていく。そこから発表をしてもらった。観察すると、竹田のカボスは、清涼感がありみずみずしく、香りや色合いがさわやかで、酸味のなかにもほのかな甘みがあり、心をなごませるような、風味がある。さわやかな風のようである。最近、人気となっている沖縄のシークワサーは、竹田のカボスと比較すると、色も濃く香りも強い。やはり沖縄の亜熱帯のものだからか個性が際立っている。生徒たちには、酸味が強く敬遠気味。もっとも不評だったのは、市販の安いお酢。強烈すぎて、みんな受け付けない。「二度と味わいたくない」という生徒もいたほどだ。
さまざまな感想があったなかで素敵な言葉が飛び出した。それは男子生徒の回答だった。
「どうでしたか?」
「竹田のカボスは酸っぱかったです」
「酸っぱいって、どんな酸っぱさ? 恋も酸っぱいときがある」
「はい、恋の味がしました」
「恋している?」
「むちゃくちゃ恋しています!」
教室は、どっと温かい笑いと感動であふれた。それだけで、もう成功だと、思ったものだ。ワークショップでは、1+1=2の回答を求めていない。豊かな表現や、個性を味覚から引き出すことをしているのである。テキストを作成した前原さん、講座を企画した堀田さんも同じ考え。人の表現力を味覚を通して発見したい。地域の個性を、食を通して見つけたい。また、味覚というもののなかから見える地域の文化をきちんと学び、そこから食や文化を発信していきたいと考えているからだ。それこそが地域づくり、町の特産作り、観光にもつながるものだと考えるからだ。
個性があって初めて、地域が生きる。地域にある食材がなにか、どんな経過で、そこにあるのか。どんな味なのか。ほかの地域とはどう違うのか。どんな料理ができるのか。一つの素材から、丁寧に読み解いていく、これは科学の講座でもある。この基本があって、料理という文化が生まれる。
テイスティングの後は、カボスと牛乳、カボスとハチミツと水、の2タイプの飲料水を作って飲み比べ、そこから生徒自家製のゼリーとクッキーでおやつとなった。これは、身近かなもので試食をして、手料理や本物の食を食べて楽しんでもらうというきっかけ作りである。
講座が終わって、学校の理事、校長、担任の先生と話したら、発言した子供たちは、ふだんは引っ込み思案で、手を挙げて話すことはほとんどしなかったそうで、今回の講座と生徒たちの積極的な表現にびっくりしたとのことだった。うれしい一言だった。なにより、生徒たちが楽しんで参加してくれたのが一番。これもきちんとした本物の食材があってのこと。自然の素朴な力は、人の表現をうまくひっぱり出す力があると、改めて思ったものだ。(ライター、金丸弘美)
2006年10月30日
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