第81回 食材を知る 日本版「マスター・オブ・フード」開講
一流シェフや食の専門家が、食材の基本やその加工法、歴史、背景、味覚から、食べる楽しみや調理の基本まで伝え、本物の食べ手を育てるという「フードマエストロ講座」が開講した。カルチャーセンター方式の、味覚を知るというユニークな講座を試みたのは、人材育成事業で知られるバンタンデザイン研究所の系列のシンプルアイ。今回の講座は初の試みで、18回のコース。
これまでのような料理教室ではなくて、食べる食材がどういうものか、というところに視点が置かれている。味わいの豊かさを知るというものなのである。出汁や塩やバター、肉などといったごくごく一般的な食材そのものを知るシンプルな講座という、これまでになかった視点が作られている。
私たちの身近な食材。例えば、昆布や塩、肉といったとき、具体的に、その種類や違い、生産の工程、味や香りの違いは? と言われたら、実際には、あまりわかっていないというのが現実だろう。本当に美味しい味のもの、大量生産のものと、手がかかったものとの違い、その素材の持ち味、料理のコツ、歴史的背景となると、意外や知らないことが多い。その基本を伝え、食べ手が本物を選べる目と舌を持とうという講座なのである。
講座の講師メンバーはフランス料理「プティポワン」オーナーシェフ、北岡尚信さん。イタリア料理「リストランテアクアパッツァ」エグゼクティブシェフ、日高良実さん。中華料理「赤坂璃宮」総料理長、譚
彦彬さん。日本料理「乃木坂 神谷」総料理長、神谷昌孝さんら料理のプロを中心に、食に詳しい大学教授やジャーナリスト、専門家で構成されている。食材の基礎を知るというシンプルなものだが、講師陣は豪華である。また食材提供には、素材を厳選した作り手が、多く協力をしている。
実は、この講座、イタリアのスローフード協会が行っている「マスター・オブ・フード」がヒントになっている。ワインはもちろん、チーズ、オリーブオイル、ハチミツ、パスタ、サラミなど基本食材を使い、実際に味わって知る食文化講座である。専門家やジャーナリスト、生産者、大学教授などが講師を務める。17種類20コースがある。しっかりしたテキストも作られていて、本物の食と味わいと個性を実際に食材を用いて知るのである。
これがベースとなって、学校教育やイベント、教養講座、特産品作りの開発など、ワークショップ形式でさまざな食の講座が開かれている。そうして本物の食材を使って実際の味を知り、歴史的背景や、加工法を踏まえて、それぞれの個性を知り、また言葉で表現するのである。地域の食を食べて知るのはもちろん、地域の食をマネジメントできるプロや、本物の味を伝えるジャーナリストも育成し、広く、地域の食の文化を伝える役割をしている。また多くの企業が、自国の食文化を伝えることに協賛している。つまり多様な地域に根ざした食を伝える産官学連携がなされているのである。
「マスター・オブ・フード」の背景は、大量生産大量消費の時代となって、地域の多様な農産物や加工品が消滅しかかっていることから、きちんと食の変遷や味、地域の固有の食文化を伝えようと始まった。本物の味を消費者に伝えることで、地域の食文化がマーケットに残り、経済的にも持続し、長い歴史のなかで育まれた食の文化が受け継がれるようにと考えだされたものだ。もっとも当然ながら、イタリアの食が基本で構成されている。だから、そのままで日本にもってきても、日本の食文化にはそぐわない。
そこで、日本の食材を基本に、オリジナルなカリキュラムを作成しようと始まったのが、今回の試みである。講座の参加者の募集を行ったところ、たちまち満員となった。参加者は、20代、30代、40代、50代といった女性が中心。皆さん、食への関心が高い人ばかり。すでに料理を行っている人、各地でさまざな食べ物を食べている食通の人、マスコミ関係で食に精通したいと参加した人などである。BSE、鳥インフルエンザを代表に、食の不安が広がるなか、本当の食材とは何か?を求める人が多くいるという証だろう。
今回、講座を拝見させていただいたのは、「フードマエストロ講座」の校長でもある北岡尚信シェフの「食文化・バター編」である。実は、バターそのものが、日本とフランス料理で使われるものが基本的に違うという目からウロコの話。フランスでは、バターとは本来農家が作るもの。したがって乳酸菌が生きていて、酸味があり、賞味期間は2週間ほどの生鮮食品。これが最上のバター。日本では、まずお目にかかれない。鮮度が命で、バターは早めに使い切るもの。
一般に料理で使われるものは発酵バターで、あとで乳酸菌を加えて、発酵による働きで風味を持たせたもの。せいぜい賞味期間は一カ月。また牧草を主流としていて、その食べ物が、バターの色合いを作っている。しかし日本では、非発酵のバターが主流となっていて風味にかけるという。賞味期間は6カ月と長い。日本のバターはスイートバターと呼ばれ、オーストラリアやニュージーランドで使われているものと同じという。
向こうではバターは混ぜ合わせてソースに使う。そのソースの内容も時代的に変化していて、かつてはソースは濃厚なものだったが、現在は、素材をできるだけ生かすという方向になっており、バターは風味を軽くつけるという役割に変化しているという。こういった話を交えながら、フランス料理が、宮廷の権力の誇示から、やがてフランス革命を経て、一般のものへ。飾りつけをする料理から、素材を生かす料理へ。健康を意識した料理へと、変遷していったことも語られる。
実際に、発酵バターや非発酵バターの味の違い、レモンやパセリなどほかの素材をまぜあわせたブルーコンポーゼなどのバターをテイスティングする。さらに応用編として、ホタテをバターでムニュエルにしたものに、バターソースを使ったトマトフォンデユーをかけての試食となった。たったバター一つだが、その素材の背景になるもの、加工の違い、味の違い、風味から、香りまでが、紹介されるという、まさに文化講座なのだった。
フードマエストロクッキングスクール http://fm-cooking.jp/qualification.html
2006年11月26日
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