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  旅日記 no.010
野口久光先生のこと
2004年10月27日
こんにちは。金丸弘美です。きょうは、僕が映画を教わった野口久光先生のことを書く。
 本屋さんで久しぶりに『植草甚一スクラップブック モダン・ジャズの楽しみ』(晶文社)に再会した。というのもこの本を購入するのは2度目で、今回のは1976年に出版されたものの復刻版だからである。思わず手にとってしまったのは、もちろん作者である植草さんのジャス世界を読んで、ジャズを聴いた時期があったということもあるが、それよりも解説が野口久光先生だったからだ。
 野口先生は、植草さん、淀川長治さん、双葉十三郎さんとともに戦前からの映画通、そして戦後は評論家として知られている。その4人ともにお目にかかってはいるのだが、もっとも親しくさせてもらったのが、野口先生だった。
  野口先生と巡りあったのは『植草甚一スクラップブック』の編集にもかかわり、僕の師匠でもあり仲人でもある高平哲郎さんの紹介からだ。かつて雑誌『トランヴェール』の仕事をしていたときに映画の連載を野口先生にお願いし、それから亡くなるまでの7年間、お付き合いをさせていただいた。このあたりのことは、僕の本『ゼロからつくるネットワーク術』(ダイヤモンド社)にも書いた。
 野口先生は、ジャズ、ミュージカル、映画に詳しく、数々の評論、ライナーノーツを書かれているが、それよりまして、有名だったのは、戦後のヨーロッパ映画の数々のポスター製作で、これには『大人は判ってくれない』『禁じられた遊び』『天井桟敷の人々』を始め素晴らしいものがいくつもある。
 先般、『日本経済新聞』の山口淑子さんこと李香蘭の「私の履歴書」を読んでいてびっくりした。というのも、そこに野口先生の名前があったからだ。山口さんが、親しい中国人家族の養女となり、周りから薦められるままに映画俳優となりスターとなる。ところが、その後、日本が敗戦濃くなるなかで、彼女が日本人であるということが、中国側にも知れ、中国に対するスパイ行為であり裏切りであると弾劾され死刑にされると噂が飛び交う。その焦燥と不安の日々を、東宝東和社長の川喜多長政さんと、野口久光先生とともに過ごしたとあったのだ。
 それによれば、明日も死ぬかもしれないという不安がよぎる中、野口先生は、毎日冗談をいって、和ませていたのだという。 僕は、先生が戦時中上海にいらしたことは知っていたのだが、まさか、山口淑子さんとも親しく、ともに激動のなかを過ごされたということを、新聞で初めて知った。そんなことをもっと訊いておけばよかったと思ったのだが、野口先生は、過去のことを自ら決して話す人ではなかったから、それも叶わぬことだったのかもしれない。
 D.W.グリフィス、リリアン・ギッシュ、バスター・キートン、チャールズ・チャップリン、ハワード・フォークス、ジョン・フォード、アルフレッド・ヒッチコック、ジーン・ケリー、ジャン・ギャバン、ヘンリー・フォンダ、ゲイリー・クーパー、ジェームズ・スチュアート、ジュリー・ガーランドなどなど。
そしてなによりフレッド・アステア。
 映画やミュージカルの多くを先生に教えてもらった。それは、僕のいまでもとてつもない財産である。

■野口久光の本
 1. 野口久光ベストジャズ (1)〜(3)
 野口 久光 (著), 瀬川 昌久(編集)(1995/05) 音楽之友社
 価格: ¥3,975 (税込)

2. ヨーロッパ名画座―野口久光映画ポスター集成
 筒井 たけ志 (編集) (1992/06) 朝日ソノラマ
 価格: ¥3,568 (税込)

3. 『私の愛した音楽・映画・舞台』
 野口 久光 (著), 中村 とうよう(編集)(1995/06) ミュージック・マガジン
 価格: ¥3,873 (税込)

4. 『想い出の名画』
 野口 久光 (著) 、和田誠(編集) (1995/07) 文芸春秋
 価格: ¥4,893 (税込)

5. 『ミュージカルを楽しむ法』
 野口 久光 (著) 、喜志哲夫(編集)(1997/12) 晶文社
 価格: ¥2,730 (税込)

6. 『 素晴らしきかな映画 』
 野口 久光 (著)、金丸弘美(編集) (1992/04) 晶文社
 価格: ¥5,460 (税込)

7. 『ヨーロッパ名画座―野口久光グラフィック集成』
 筒井 たけ志 (編集), 根本 隆一郎 (編集) (2001/12/15) 朝日ソノラマ
 価格: ¥3,990 (税込)


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