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  旅日記 no.006
 
2004年9月29日
こんにちわ。金丸弘美です。

「イタリアのオーガニック・ワインおよびチーズ、オリーブオイルのテースティングがあるので来ませんか?」と、声をかけてくれたのは、日本版「スロー」編集長の伊東史子さん。築地の新阪急ホテルで、9月21日に行われたのだが、喜んで参加した。

小さな会場には、選りすぐりのワインとチーズとオリーブオイルがずらり。正直、ワインもチーズもよくわかってないのだが、しかし、ここ2年連続で、イタリアのスローフード協会の「味覚教育」と、現地の農家、スローフード協会本部を訪ねたこともあって、向こうの農産物に対する、トレーサビレィティーの徹底振りと、農産物の売り出しの経済システムのうまさには、ほんとうに感心させられた。

たとえば、並べられたワインには、スローフード協会が世界的ブランドに押し上げた「バローロ」がある。これには、地域、タイプ、色合い、香り、味、アルコール度数、熟成期間、使用ブドウ、使用樽、生産者、さらには料理との相性までが、配られたパンフに記されている。地域から樽の使用まで厳格に決められているのだ。これはチーズもオイルも同じで、そのことによって、地域の多様性と個性と、つまり地域ブランドがなりたっている。

これらはスローフード協会でのイベントでも徹底していて、10月に行われるトリノでの「サローネ・デル・グスト」では、500以上のブースの展示会では、すべて生産者が登場し、自ら試食・販売を行い、スローフード協会によって、案内のパンフレットが作成配布され、さらに有名なものは、本としても販売される。そして、バイヤーやレストラン関係者、マスコミが集められるのだ。きちんと売り出しのプロモーションと販売ルートの手立ても作られる。

さすがにチーズやワインがわからない僕でも、丁寧な案内や「味覚教育」を受ければ、違いが見事にわかる。「味覚教育」は「ワークショップ」とも呼ばれるのだが、生産者、専門家が壇上に並び、出されたチーズやワインを一つ一つ履歴や栽培方法、加工法、香り、味わいをレクチャーを受けながら味を体験するのだ。

 この味覚教育と農家めぐりにで、日本はアメリカの大量生産システムを取り入れ、チーズはすべて生乳を殺菌するために、日本ではイタリアのような多様なものがないことも知ったのだった。つまり牛の違い、餌の違い、地域の違いで生まれる多様な自然の乳酸菌が殺菌でなくなってしまうのだ。協会は「自然の菌を守れ。殺菌をするな」とまで、声明をだしているほどである。つまり、スローフード運動は、アメリカ的になると食と文化が貧しくなるよ、とも言っているわけだ。

日本では、どこの地域にいっても行政のパンフをみても、個人や生産履歴を大きくメインにしたものは、まず見当たらない。すべて一律に農作物や加工品が並んでいる。しかも困ったことに、地域の特産化といって安易に加工品が作られているケースが多く、厳密な地域の原料や素材や加工方法が明確でないものが圧倒的に多い。これではそのへんのコンビに商品と同じだ。それでいて、「トレーサビレィティー」「地域ブランド」という言葉が一人歩きしている。

そのブランドもたいていは、「○○が体にいい」だの「ビタミンが豊富」だの、機能をうたったものが少なくない。これでは本末転倒だ。肝心の農場の話や、生産家、栽培地域、栽培の種、栽培期間、栽培方法、加工基準、加工方法、歴史的背景などが、ほとんど欠落している。しかも、デザインもおそまつで、掲載基準も曖昧だ。つまり肝心要のソフトにまったく労力とお金がかかっていない。

さてテースティング会場での案内と通訳をしてくれたのは、中村浩子さん。後で知ったのだが、なんとスローフード協会会長カルロ・ペトリーニ氏の著書『スローフード・バイブル』(NHK出版)の翻訳者では、ありませんか。この本こそ、スローフードの真髄を語る日本で唯一の著作。僕は、もう6回も読んだ。
 これによって実はスローフードが、マグドナルドの大企業のグローバル戦略に対して、その対抗策として地域の小さな生産者を前面に打ち出した新しい地域経済システムの構築と、地域のブランド戦略こそがスローフード運動だということを学んだのだ。

 スローフードが、地域の食材の歴史、文化、栽培方法、職人までをリサーチし、それらを新しく組織することによって、地域のブランドと経済システムを築くということを、わかっている人は案外少ない。
その哲学の中心である世界的雑誌『スロー』編集長・伊東史子さん、翻訳家・中村浩子さんは、スローフードの運動をよく理解している数少ない人だ。
 中村さんによると、今回の催しは、EUとイタリア政府が補助金を出しているそうで、イタリア有機農産物の啓蒙を図るのが目的なのだそうだ。このあたりも、政策が徹底している。

■関連書籍
・『スローフード・バイブル』カルロ・ペトリーニ著 中村浩子訳
(NHK出版)
・スローフード協会国際機関誌・日本版『スローフード』(木楽舎)
伊東史子編集長
・『スローフード・マニフェスト』金丸弘美・石田雅芳共著(木楽舎)

■書籍はインターネットでも購入可能です。
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紀伊国屋書店
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ジュンク堂
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