伝説の絵師「岩佐又兵衛」展
東京で時間ができると新作の映画試写や絵画展に足を運んでいる。毎日原稿を書いていると、無性に生命の刺激を与えてくれるものが欲しくなる。そんなとき本屋で見つけたのが『芸術新潮』10月号の「特集 血とエロスの絵師 岩佐又兵衛の逆襲」である。
たちまち引き付けられて購入し、隅から隅まで読んだ。これによると又兵衛は、天正6年(1578)、摂津を治めていた荒木村重の子として生まれたが、村重が織田信長に逆らったために、一家は惨殺され、かろうじてまだ乳飲み子だった又兵衛だけは乳母によって逃げ延び、京の本願寺で育ったという。成人して織田信雄につかえ、このとき絵師として才能を発揮したのではといわれているが、それははっきりしていない。
彼の才能が花開くのは元和2年(1616)の福井に移ってから以降のことだが、描かれた絵のじつに多彩なこと。墨絵、色彩絵、屏風絵、絵巻など、その筆使いの大胆で、躍動感のあふれること。なんだか今にも動き出しそうである。
現物をみたくなって千葉美術館を訪ねた。中国の故事や、源氏物語、源義経の絵巻など、どれもが素晴らしい。その筆使いが、黒澤明ではないが、大胆にして繊細なのである。すごく熟練によって裏づけされた筆致で繊細なのだが表現される絵は奔放さに満ちている。故事や伝説の物語も独自な解釈で表現されている。
とくに興味をもったのは、又兵衛が風俗を描いているものがいくつもあるということだ。その当時の暮らしが見えてくる。なかでも注目したのは牛、馬である。大きさがほとんど人と変わらなく見える。昔の日本の馬の系統をみせてもらったことがあるが小柄なのだ。当時はサラブレッドなどが入ってなかったから、馬の大きさも異なったことがよくわかる。そんなことも絵から浮かび上がる。
しかも馬が暴れようとするものを抑えたり、手綱に引っ張られたり、手入れをしたり、当時、馬や牛が生活の一部であり、人も馬も牛も表情から手足の指の動きまで、じつに躍動感があって血が通っているのである。なんど観ても見飽きない。
圧巻は極彩色の絵巻物だ。源義経の物語が延々と続く。すでに当時、義経の物語は浄瑠璃、絵巻として壮大な語りとして存在していたのだ、ということに感激した。それはまさに僕らが小さい頃よくみた絵物語に綿々と続く源であり、私の唐津の祭りの金銀漆に彩られた山車「源義経の兜」にまで繋がっている。
又兵衛が絵を描くにあたり、どのような構図でどのように描いていったのかを想像するだけで、どきどきさせるほどドラマチックなのである。そしてまた隅々まで圧倒的な力を放っているのである。 過酷な運命と、そのなかから生み出された絵は、時代のなかでの魂の叫びに似たものを受け取った気がした。
そうして偶然というか、つい最近、韓国の絵師の映画「酔画仙」を観た。こちらは韓国の実在の絵師、張承業(チャン・スンオブ)(1843〜1897)を描いたものだが、貧しい家に生まれ、絵の才能を見出されて、筆一本で生きていく。その絵のまた大胆で、豪放で、伝承を踏襲しながらも、独自の創造に満ちたものなのである。こちらは絵師の創造の軌跡と映画の美術の見事さが溶け合って、力強い作品となっている。人の魂を揺り動かす絵というのが、作家の生き様そのものから発しているのだと、素直に感心したのである。
■「伝説の浮世絵開祖 岩佐又兵衛」展
10月9日〜11月23日 千葉市美術館
■「酔画仙」
監督:イム・グォンテク
出演:チェ・ミンシク、アン・ソンギ、ソン・イェンジェ
12月 岩波ホールにて公開
■唐津くんちの私の本が出ています。
『えんや 写真集・唐津くんち』
写真:英伸三 文:金丸弘美(家の光協会)
『えんや 曳山がみた唐津』
金丸弘美著 (無明舎出版)