写真家・木之下晃さんの仕事
写真家の木之下晃さんから、素晴らしい写真集が送られてきた。サイン入りである。「マエストロ」「木之下晃武満徹を撮る」の2冊。いずれも小学館からのものである。木之下さんと知り合いになったのは、指揮者の小泉和裕さんからの紹介だった。もうそれから20年以上なるだろうか。木之下さんの写真は、いつも注目していた。同時に、その活動には、いつも目を見張っていた。
先般、写真展でばったり木之下さんと再会した。「いや、会えるのではないかなと思ってた。実は、最近、いくつか僕の仕事がいい本になって、君に贈ろうと思ってたんだよ。」という嬉しい話。その一方で、「君はいい仕事してる。だけど、器用すぎる。なんでもできちゃう。もう少し、じっくりする仕事をすると、いいものができるんだがな」とも言われた。自分もそう思っていただけに、また尊敬する木之下さんの言葉に、ずしりと響いた。
そんな後に、贈られてきた木之下さんの写真集をじっくり観た。「マエストロ」には、世界的な指揮者、音楽家、オペラ歌手などが、184人いる。みんな歌っている。歌っているというのは、ただ歌っているという意味ではない。躍動し、生き、呼吸し、歓喜している。舞台には神が宿るというが、その神が宿った瞬間が撮られている。そんな感じだ。
バーンスタイン、エッシェンバッハ、カラヤン、小澤征爾、アンドレ・プレヴィン、ウラディーミル・ホロビッツ、アンドレ・ワッツ、マリア・カラスなどをはじめ、そうそうたる音楽家が、ここにいる。写真から飛び出してきそうだ。そこには、まぎれもなく木之下さんがいる。木之下さんでしかできない存在がある。それが素晴らしいし、すごい。
驚いたのは、後半の対談で知ったことなのだが、サントリーホールをはじめ、オーチャードホール、東京芸術劇場などに、写真家が写真を撮る窓を作らせたのは、実は、木之下さんだったと知ってびっくりである。現在、演奏中のクラシックの音楽家が、あちこちで写真で登場するようになったのは、木之下さんの功績だったのだ。
この窓をあけるのは、「僕が写真を撮りたいから。ヨーロッパでは、撮るところがない。だからリハーサルでしか撮れない。だったら窓をつければということで作ってもらった」という。なかでもサントリーホールは、木之下さんの身長にあわせてあるというからさらに驚きである。
木之下さんの功績で、まだ写真集では、全体でまとまってはいないようだが、圧倒されたものに、オペラハウスの写真がある。世界のオペラハウスが木之下さんによって撮られているのだが、これには圧巻だった。さまざまなクラシックの写真を撮り続ける木之下さんの言葉で印象的なことは、「基本的には好きなことをやらなければ大きくならない」だ。
一方の「木之下晃武満徹を撮る」は、至福に満ちた写真集である。家庭から舞台、作曲、交流など、武満徹のさまざまな場面がちりばめれているが、演奏の写真とはうってかわって、そこにはおだやかでやさしくて、創造を育んだシーンが、まるで会話をしているかのように撮られている。なんだか、その場面に自分も立ち会っているかのような錯覚を覚えるのである。
その写真から、さまざまな音楽家や作家などが、登場し、実は、僕らが、知らず知らず武満徹の仲間達の音楽的影響を、あらゆるクリエイティブな面で、うけているのだな、とも思わせる。そのさりげないが、しかし、その裏側に、武満徹そのものの生命も感じさせる力強さを、この写真集はもっている。
後半には浅香婦人が登場しているのだが、昨年、偶然、飛騨古川で、一晩をご一緒することができ、またお便りをいただいたこともあって、写真集は、いっそうの親しみを感じるものとなった。
●掲示板
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