第4回 築地の「場内市場」ツアーでマグロの競りを体感
東京築地市場のプロの人たちが取引を行う「場内市場」(東京都中央卸市場)は、いつ行っても新鮮だ。所狭しと肩を寄せ合うように並んだ仲卸さんの店舗にずらりと置かれたさまざまな魚や野菜、どれを見ても珍しいものばかり。世界中から食べ物が集まるのだから見飽きない。どんな料理になるのだろう、そのまま素材を食べてみるとどんな味わいだろうと、想像するだけでもわくわくしてしまう。
それに活気あふれる雰囲気は、緊張感があり身が引き締まるようで気持ちがいい。なにせ新鮮な食材をできるだけ鮮度のいい状態で、多くの客に届けるのだから、早朝のやり取りは、少しでも時間も無駄なく動き回る人々で一杯だから、素人にはちょっと近づきがたいという雰囲気がある。でも築地で働く人に一度でも話したことがある人なら分かるが、プロ中のプロばかりで、魚にしても野菜にしても詳しいから、教わることばかりで興味が尽きないのである。
東京の市場・築地に親しみを持ったのは、マグロを扱う大野水産の大野正さんに10年前に会ってからだ。それまでは築地の中の様子をじっくり一度は観てみたいと思っていたけど、せいぜい場外の一般の人たちが入れる「場外市場」で食事をしたり、食材を求める程度で、プロの人たちが集まる「場内市場」に入るには、ちょっと気後れしたものだ。
「場内市場」ツアーの仕掛け人、大野水産の大野正さん
ところが、大野さんは、築地の面白さを一般に知ってもらおうと、「場内市場」のツアーを始めたのである。ツアーでは大野さんの案内で、市場の扱いの魚の流れや、競りの取り決め、魚の鮮度の見方など、現場を見ながら解説がつくのである。それで初めて、私たちが食べる食材がどういう経路を経て運ばれてくるか知ることになるのだ。普段食べているものが、どこからやってくるのか、大野さんみたいな人に教えてもらわないとわからない。なによりツアーに参加して、うんと遠かった築地が、とてもドラマチックで、素敵で魅惑的な身近な場所に映り始めた。
大野さんは築地の3代目。ツアーを試みたのは13年前からだという。理由は「築地は歴史あるテーマパークでしょう。その面白さを知ってほしかった。この市場の素晴らしさや価値をアピールしたい。しかも銀座から歩いて10分のところに、昭和30年代がそのまま残っている場所がある。タイムスリップするような世界が広がっているんですから」という。
一方で、流通が変化し、市場の扱いの量が減り始め、先行きの不安もあり、もっと多くの人に築地の魅力を知ってもらいたかったからともいう。大野さんは当時初の試みだった一般客への築地からの魚の宅配も試み始めた。ツアーには、これまでのべ5000人が参加したという。私は、まだツアーを始めて間もない10年前に一度参加したのだが、今回は久々に再会したこともあって大野さんの案内で、築地のマグロの競りの見学に行かせてもらった。かつては市場のいくつかの見学を織り込み、食事までというものだったが、何年間かの試行錯誤のうち、もっとも人気があり、かつ築地を見てもらうには代表格のマグロがいいと、マグロの競りを中心のツアーに絞ったのだという。
「場内市場」ツアーの参加者に説明する大野水産の大野正さん(左から2番目)
集合は築地の聖路加病院横のホテルロビー。時間は早朝の5時である。というのも築地のマグロの競りは5時半から。それに間に合わせるためである。事前に泊まった人、早朝車で来た人など、若い人から年配の方まで、雑誌の記事やインターネットで大野さんの活動を知った一般の人たちである。人数は20名限定である。それ以上の人数では、多忙な市場では仕事の妨げになるからだ。大野さんのガイドで築地の歴史、町並みを見ながら、築地の場内に踏みいる。
一歩場内に入ると、外の早朝の静けさとは違って、所狭しと荷を積んだ大八車、自転車、場内専用の特殊な車「ターレット」が音を立てて走りまわっている。実ににぎやか。まず案内されたのが、生のマグロの競り場である。ずらりとマグロが並ぶ。
「大体築地には2500トンが世界中から集まる。7割が輸入です。今は流通が発達していて生のマグロはほとんど成田に着くんです。本マグロ、インドマグロ、ハチマグロ、黄肌マグロと、大きくわけて4種類ありますが、時期や、漁獲方、場所によっても味が異なる。一本一本違います。そして一本ずつ競りを行うのはマグロだけなんです」
きらびやかに輝くマグロをみると、それぞれに全世界の名前が札に書いて貼り付けてある。その美しさをみると世界中から運ばれたとはとても見えない。
競りの前に、集まった仲卸の人が、尾っぽの切られたところを吟味し、腹の中を覗いていく。そうして競りが始まった。すべて一本ずつが落とされていくのである。生のマグロの様子をある程度見たところで、続いて冷凍のマグロへと場所を変えると、様子は一変した。真っ白のマグロがずらりと並んでいる。仲卸の人たちは、一本ずつのマグロの尻尾の切られた部分を吟味し、ときには鉤のある道具で、切られた部分を刺す。なにをしているのだろうと、気になっていた。
冷凍のマグロの競りの様子。生のマグロの時とは少し違う
「あれは、マグロの良しあしを見ているのです。刺してみると脂ののっているものは、よく刺さるんですね。それでいいマグロかどうか、身がしまっているものか、みるんです」
冷凍と生では、大分味が違うのではと思っていたらそうではないという。「今は冷凍技術が発達していまして、捕れた段階でマイナス40度と急速冷凍しますので、味が悪いというのはありません。へたをすると生よりもいい冷凍ものもあるんです」という。
一通り競りを見終えると、大野さんは競り人を呼んで、競りのレクチャーが行われた。競りの時の、値段交渉のときの指の数によって値段が決められるという。ただし、一本の指を立てて、それが1000円を意味するときと1万円を意味するときと、マグロの状態によって変わるという。
「なぜ指1本が瞬時に1万なら1万を間違えずに競り人に伝わるかというと、みんなプロですから、事前にマグロの状態をみているから、それがどのくらいの値段で動くかというのが暗黙でわかっている。ですから、マグロの良しあしがわからないと競りはできないんです」
また競り人は、卸売り会社で上場会社の社員なのだそうで、競りの試験を受け、また現場で4年以上の経験が必要のこと。また競りは、多くの魚をさばく役割を果たすのが仕事だから、荷の仕入れの数の把握、どれくらい全体で動くのかということも見極められないといけないという。
それにしてもマグロだけでも市場の流れを、きちんと教えてもらうのは、自分たちの食べ物を知ることだけに、興味はつきない。ただ、このツアー、大江戸線が開通して以降、一般の客が増えて、築地が混雑するということもあって、今後も続けられるかどうか、先はわからないという。
しかし、安心安全が問われる最近、大野さんのプロの解説による試みは、今後むしろとても大切な活動だと思うし、こういった流通の生の現場の見学こそが、もっと評価されてもいいと思うのだ。
2005年5月5日
|