第23回 スローフードにぴったりな街 飛騨市古川町
古川の駅舎。古い建物がそのまま生かされ風情をたもっている
岐阜県の飛騨市古川町を久々に訪ねた。この町はとても印象深いところで、町並み景観が美しい。伝統的な祭り「古川祭り」があって、その祭りと町が見事に調和している。現在においては稀な存在である。ぜひ残してもらいたい財産である。
というのも各地でメーカーの既成の住宅や安直な商店、ビルなどが増加して、いまでは多くの町が画一化し、個性が喪失してしまっているからだ。そんななかで、町独自の景観を保つというのは容易ではない。しかし、町の個性をこれから打ちだすとなれば、古川ほど強いところはないのではなかろうか。
今回訪ねたのは、古川在住で古民家に住んでいる指揮者・小泉和裕さん雅美さんのお誘いがあったから。古川の町づくりを、スローフードでできないかという話がきっかけだった。
小泉さん夫妻も食や農業にとても関心があり、飛騨市長と意気投合したのだという。船坂勝美市長にお会いしたら、なんと自ら古民家に住み、地鶏を飼い、ヤギを育て、蕎麦打ちをするという方。噂には聞いてはいたが、まさにスローフードの実践派であった。
古川には三國清三シェフとでうかがった。というのも小泉さんから三國シェフと飛騨の食材で料理と2006年にオープンするホールでの音楽会とのコラボレーションができないかと相談があったからで、まずは下見をかねてスローフードについての講演会を行おうということになったのだ。
三國さんとは、イタリア・スローフード協会最大の食の祭典、トリノの「サローネ・デル・グスト」の「三國ナイト」の食事会のときに同行させていただいたり、NHK教育のフォーラムでご一緒させていただいたり、佐渡島の依頼による食による町おこしのアドバイザーで私と三國さんとが参加したりと、何度もお会いする機会があったことでご縁ができた。三國さんは、スローフードの活動の理念を、もっとも理解しているうちの一人だろう。
実はスローフードと飛騨市はぴったりだと思っているのである。スローフードを郷土の料理と思っている人が少なくないが、スローフードはNPOの団体の名前である。そのNPOが行っている地域の食文化のプロモーション事業がスローフードなのだ。
彼らの事務局があるのが北イタリアのブラという人口2万8000名の町なのだが、これが飛騨市古川に似ているのである。まず人口が飛騨市とほとんど同じ。古い町並みが、そのまま残っていて、町並み景観を町づくりに生かしているところなのである。その町並みを大切にすることで、ブラまで行っておいしいものが食べられたという、観光資源にまでなっているのである。
昔ながらの手法で作られる和ろうそく店。NHK「さくら」の舞台となった
そもそもスローフードは、地元のワイン愛好家が始めた活動で、ワインのブランド化が基本にある。それが地域の農産物や加工品、農業、料理店などを宣伝する団体、NPOスローフード協会に発展したのだが、地域の食文化を語るときにはずせないのが地域の景観や、歴史的な建造物など食事をするシチュエーションである。スローフード運動には、古い町並みや歴史的な建物や景観や農家に泊まるアグリツーリズムがセットになって、実践されている。
スローフードの運動にある、町並み景観、農村景観、農村の宿泊施設、地域の伝統的食材の発掘とブランド化と料理のコラボレーションとプロモーションを考えたとき、飛騨市古川町は、まさにふさわしい。景観保護が行われている。民家の活用が町で取り組まれている。地域食材である飛騨牛、飛騨鶏を始め、蕎麦、日本酒など、地域のブランドが推進されている。飛騨固有の「あきしまさげ(いんげんまめ)」「飛騨一本太ネギ」「飛騨紅カブ」「種蔵紅カブ」など、伝統野菜の調査育成も行われているのである。あとは地域食材からいかにブランドを生み出し、うまく飛騨ならではの個性として対外的に打ち出すか、である。
実際、下見をした三國さんは、「もし食事会とコンサートを組み合わせるなら、はるばる遠くからお見えになるんるだろうから、まずは旧来の旅館でひとまず、和菓子とお茶と手打ち蕎麦で、くつろいでもらう。それからコンサートで、その後はホールの傍らにテントを張って、町並みの美しい景観をそのまま取り入れた食事会にしたい。テントでの料理というのはフランスで何度もやっているからね。それに料理のメインは自慢の飛騨牛、飛騨地鶏はスープがいい。あとは地域食材をうまく組み合わせるから、その時期になにがあるか調べておいてもらえれば、できますね」ということだった。
「古川町観光協会」が1985年から行っている「景観デザイン賞」を受賞した民家
三國さんのプランは、地域食材をメインに、古川の町並みと個性をすべて、うまく繋ぎあわせ、それをアレンジして、いかに素敵にみせるかというものだった。これこそスローフード協会が行っているのと同じプロモーションである。つまり地域個性をいかに引き出すかということである。三國さんの手で、地域の素材がどうデコレーションされるかと想像するのは、とても楽しいことだ。
古川町の町づくりは、旧城下町の町づくりが現代まで受け継がれている。新しい建築物によって町並みができるだけ損なわれないように、景観の配慮した建物に贈られる観光協会の「景観デザイン賞」があったり、古川町の景観ガイドラインがあったり、景観を配慮した建築の新築・増築にあたっては町の補助があったりと、住民の町に対する愛着があってこその美しさが保たれている。ぜひ訪ねて欲しい町である。(ライター、金丸弘美)
2005年9月15日
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